シンガポール・Singapore National Eye CentreのSudarshan Seshasai氏らは、糖尿病網膜症(diabetic retinopathy;DR)重症度の推移確率を検討する縦断コホート研究の結果を Asia Pac J Ophthalmol(2024年5月20日オンライン版)に報告。「DRの発症には約8年かかるが、いったん発症するとその後は急速に重症化する」と述べている。
Markovモデルによる連続変化解析の試み
DRは糖尿病の代表的な細小血管障害であり、生産年齢人口の主な失明原因だ。DRの重症度に関しては、所見の標準化と共有を目的とした国際重症度分類(ICDR)が2003年に提唱され、①網膜症なし(No DR)、②軽症非増殖網膜症(mild NPDR、以下、Mild)、③中等症非増殖網膜症(moderate NPDR、以下、Moderate)、④重症非増殖網膜症(severe NPDR、以下、Severe)、⑤増殖網膜症(PDR)の5つに分類されている。
これら5つのステージの推移確率(transition probabilities)を理解することはDRのスクリーニングと介入の最適なタイミングの決定に重要であり、保健政策の立案にも役立つ。DRの進行に関する過去の研究は、ロジスティック回帰モデル/Cox比例ハザード回帰モデルを用いたものが多いが、こういったモデルでは複数の健康状態間の経時的な推移は考慮されない。Seshasai氏らは今回、Markov multistate model (MSM)を用い、個々の患者の状態の変化に沿った連続時間プロセス(continuous-time process)を考慮した解析を行った。
多くはNo DRのまま推移し、Mildも55%は回復するが...
対象は、Singapore Integrated Diabetic Retinopathy Screening Program(2010~15年)に参加した成人の2型糖尿病患者9,481例。年齢、性、収縮期血圧(SBP)、糖尿病罹病期間、HbA1c、BMIを調整したMSMを適用し、DRの4つの状態間(該当患者が少なかったためSevereとPDRは1つにまとめた)および死亡の推移確率、各状態の平均滞在時間(sojourn time)を推計した。
主な背景は、平均年齢が61.5歳で、男女は50%ずつ。大半が中国系(76.2%)で、残りはインド系(12.1%)、マレー系(11.8%)などであった。来院(検査)の間隔(中央値)は12カ月で、期間中に参加者は平均3回の診察を受けた。追跡期間の中央値は2.91年(1.48~3.87年)で、追跡の合計は2万6,822人・年だった。
ベースライン時の重症度は、No DRが87.0%(8,248例)、Mildが11.4%(1,083例)、Moderateが1.0%(95例)、Severe/PDRが0.6%(55例)だった。年間の推移確率は、進行がNo DR→Mild 6.1%、Mild→Moderate 7.0%、Moderate→Severe/PDR 19.3%となった。一方、回復はMild→No DRが55.4%、Moderate→Mildが17.3%、Sever/PDR→Moderateが4.4%だった。
発症後は短期間で変化するため早期のスクリーニングが重要
各状態の平均滞在時間は、No DRが8.18年(範囲7.67~8.72年)、Mildが0.82年(同0.76~0.87年)、Moderateが0.82年(同0.64~1.05年)、Severe/PDRが2.17年(同1.51~3.11年)で、年間死亡率はそれぞれ1.2%、2.0%、18.7%、30.0%だった。
また、HbA1cおよびSBP高値はNo DR→Mild〔ハザード比(HR)1.17、95%CI 1.13~.22、同1.06、1.02~1.11〕、Mild→Moderate(同1.24、1.16~1.32、同1.09、1.02~1.18)への進行に関連し、糖尿病罹病期間はNo DR→Mild(同1.14、1.05~1.24)、Moderate→Severe/PDR(同1.37、1.03~1.82)への進行との関連が見られた。一方、HbA1c低値はMild→No DR(HR 0.87、95%CI 0.82~0.93)、Moderate→Mild(同0.66、0.52~0.85)への改善と関連した。
以上の結果から、Seshasai氏らは「DR発症までは約8年という長い猶予期間があるが、MildあるいはModerateからより重症への進行は1年以内と短いことが判明した。DRの増悪を防ぐには、適切なスクリーニングによる早期発見と進行監視が不可欠だ」と結論している。
(木本 治)