医学トップの視座

地域を拠点に世界へ
未知の課題に立ち向かう―徳島大学医学部

 徳島大学医学部は、県立徳島医学専門学校を前身とし、1949年、四国唯一の国立大学医学部として開設された。付属病院が空襲で焼失し、廃校の危機を抱えながらも、地元の熱意によって医学部設立にこぎ着けた。その原点を忘れず、四国の医学教育、研究、医療の拠点としての役割を担ってきた。赤池雅史医学部長は「徳島は四国の玄関口に位置し、人の交流が活発な地域。学生を地元に封じ込めるのではなく、徳島を拠点に四国から全国、さらには世界へはばたく医師を育てたい」と話す。

インタビューに応える赤池雅史医学部長

 ◇封じ込めず、拠点として

 徳島大学医学部は徳島県ならびに四国全体の医療を視野に入れた医師養成を心がけてきた。他の3県から医師が輩出される現在も、基幹病院の管理職クラスの多くを徳島大学医学部の卒業生が占めている。

 徳島県の人口当たり医師数は多いが、医師の高齢化が深刻化している。地域医療を担う若手医師の確保は、他の自治体と同様、切実な問題だが、あえて学生を封じ込めない方針を取っている。

 地域枠で入学し修学資金貸与を受けている学生に対しても、条件があえば指定された地域で勤務する9年間の義務年限を中断・延長して最大16年間の中で修了できる制度を設けている。

 「地域枠医師の離脱が問題になっている医学部もありますが、今のところ離脱者は出ていません。大学と県と基幹病院の連携が非常によく、地域が一丸となって医師の育成に取り組んでいます」

 ◇非認知的能力を育成

 研究に携わる優秀な人材を確保するための仕組みとして、昨年から四国定着研究医型AO入試をスタートした。この入試で入学した学生は、大学院に進むとともに、初期研修を徳島大学病院あるいはその関連病院で行うというキャリアパスを示した。

 「昔の医局に入っていた世代と同じように、四国を拠点にキャリアを積んで、四国から出たり入ったりを繰り返して、最終的には四国で頑張ってもらうというものです」

 さらに、医学科4年修了時に休学して大学院博士課程に進学し、学位を取得した後に医学科5年に復学する「MD?PhDコース」に進むと、9年間で医学博士と医師免許の両方を取得できる。

 「新専門医制度が始まって以来、大学院離れが進んでしまいました。研究に取り組んだからといって、必ずしも将来、研究者になるとは限らない。基幹病院の病院長は全員、医学博士を取得しています。判断力、決断力、人をまとめる力といった非認知的能力は研究することで身に付くと思います」

徳島大学医学部

 研究に従事するというと、臨床ができなくなるのではないかと懸念する学生もいるというが、むしろその逆だと赤池医学部長は強調する。

 「臨床だけなら患者の多い東京や大阪に行くでしょう。でも地方に踏みとどまって臨床をするためには研究志向がモチベーションを保つことにつながる。日々、レベルアップしていくことができる環境が大切なんです」

 ◇10カ月間の研究室配属

 学生が一定期間、研究に従事する研究室配属に通常より長い10カ月間を費やすのも、徳島大学医学部ならではの特徴だ。内容も研究成果を出すことに重点を置くのではなく、プロセスを重視し、学生が主体的に取り組めるよう工夫している。

 「研究は99.9%はうまくいかないもの。たった1年で成果が出るものではありません。ネガティブなデータでもいいから自分で考えて、自分でやったことを発表しなさいという方針です」

 途中でヒアリングを2回行い、本人が主体的に取り組んでいるかどうかを注意深く見守る。その方針は今年6月に認定を受けた日本医学教育評価機構の医学教育分野別評価でも高い評価を得たという。

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