足の悩み、一挙解決

人生の最後まで自分の足で歩くために
(寺師浩人 日本フットケア・足病医学会理事長) 【PART2】第20回

 【桑原靖院長】足専門の医療機関はまだ日本では珍しく、足のトラブルを解決できないまま悪化させてしまっている人が非常に多いのが現状です。この連載ではこれまで、さまざまな足のトラブルへの対処法をお伝えしてきましたが、足の健康を維持するためには、気軽に相談できる医療機関が不可欠です。そこで、最終回では、2年前の日本フットケア・足病医学会の設立に尽力した寺師浩人理事長に、これからの足の医療はどう変わっていくのか、展望を語っていただきました。

2月に100歳で死去した英退役軍人のトム・ムーアさんは、昨年4月の誕生日を前に医療従事者支援のために自宅の庭を100回往復すると宣言し、実行。世界中から約3300万ポンド(約47億円)の寄付金が集まった=2020年4月16日【EPA時事】

2月に100歳で死去した英退役軍人のトム・ムーアさんは、昨年4月の誕生日を前に医療従事者支援のために自宅の庭を100回往復すると宣言し、実行。世界中から約3300万ポンド(約47億円)の寄付金が集まった=2020年4月16日【EPA時事】

 ◇全国から治らない患者が続々

 【寺師浩人理事長】人生100年時代の到来と言われます。寿命は長くなりましたが、せっかく長く生きるのなら、寝たきりの状態ではなく、最後まで自分の足で歩ける状態を維持したいと、誰もが願うのではないでしょうか。歩けないということは、自分でトイレにも行けないということです。介護が必要になり、ケアしてくれる人も経済的な負担も必要になります。

 私は形成外科医として、主に創傷(体表面や臓器の表面の傷)治癒をテーマに研究や診療に取り組んできました。傷が治るには、あらゆる細胞がきちんと働いていなければならない。その仕組みに感動し、傷を治すということに力を注いできました。

 ある時、血管外科の医師から、血流不足で傷が治らない患者の治療を依頼されました。しかし、私は創傷治癒の専門家として長年の経験があったにもかかわらず、その傷をなかなか治すことができませんでした。

 糖尿病動脈硬化を患っている人の場合、傷のある部位に十分な血流が届かなくなると、傷を治すために使われるさまざまな物質が血液から供給されないため、傷は治りにくくなるということを目の当たりにしたのです。試行錯誤の末、そうした難しい傷でも治すように取り組むと、治らない傷を持つ患者さんが全国からどんどん集まってきました。

 あれから約20年、糖尿病の足病変を治療できる医師は増えてきました。しかし、糖尿病で足に潰瘍ができてしまった状態は、いわば末期とも言える段階です。もっと早い段階から、傷を作らないような予防策を取る必要があるのです。

 糖尿病になると足が弱くなり、アーチ構造が崩れやすくなってタコや巻き爪、靴擦れなどが多くなります。健康な人であればこの時点で痛みを感じて何らの対処ができますが、進行した糖尿病の人の足は末梢(まっしょう)神経障害を合併し、痛みを一切感じず異変に気付くことができません。つまり、「痛いはずの足」が「痛くない足」へと変化し、たとえくぎを踏んだとしても、それに気付かずに歩くことができてしまうのです。痛みがなくても足にできた傷からは細菌が侵入して大繁殖するので、手遅れになると足そのものを諦めざるを得ない事態となります。

歩行能力と年齢の相関グラフ(寺師理事長提供)

歩行能力と年齢の相関グラフ(寺師理事長提供)

 もちろん、年齢とともに歩行機能が低下するのは仕方のないことです。しかし、これに動脈硬化糖尿病が加わると、さらに急激に機能低下していくということに多くの人が気付いていません。足は体を支える土台ですから、そこに傷があると歩くのが難しくなり、さらに血管や筋肉が衰えていきます。グラフに示したとおり、坂道を転げ落ちるように一気に歩行機能が失われてしまうのです。

 現在、日本には糖尿病患者が1000万人おり、予備軍も含めると成人の6人に1人と言われています。そして高齢化が進むにつれ、その数は増える一方で、介護を必要とする人も、どんどん増えていってしまうのです。

子どもの時から足に合った靴を選ぶようにしたい=2020年5月18日、ポルトガル・ポルト市【EPA時事】

子どもの時から足に合った靴を選ぶようにしたい=2020年5月18日、ポルトガル・ポルト市【EPA時事】

 ◇子どもの頃から足の教育を

 足の健康について、もっと子どもの頃からの教育が必要だと痛感します。ドイツには、子どもが歩き始めたら靴を履かせるためのイベントがあって、きちんとひもを結ばせ正しい靴の履き方を教育する習慣があります。一方、日本では、子どもに履きやすくて脱ぎやすい靴を選ぶ傾向があります。すぐにサイズが合わなくなるからと、成長期の子どもにブカブカの靴を履かせるという場合もあるでしょう。靴を履く歴史が浅いということも影響しているかもしれません。

 学校に行くようになると、足の形はそれぞれ違うのに、全員が同じ指定の靴を履かなければいかないところも、いまだにあるようです。靴が足に合っていないと、かかとを踏んで歩くなどの問題も生じます。

 また、運動不足の子どもが増えている上に、アスファルトの平らな道を歩くだけになってしまうと、足の発達にも悪影響があるのではないかと考えています。小学校の6年間は、足のサイズがどんどん大きくなりますし、足の形も変わります。ですので成長に伴って足がどのように変化していくのかについても、大規模な調査が必要です。人生の最後まで自分の足で歩き続けるためには、子ども時代から足への健康意識を高めておくことが大切です。

足病学・足病医療の概念図(寺師理事長提供)

足病学・足病医療の概念図(寺師理事長提供)

 ◇足の医療をもっと身近に

 足に何らかのトラブルが生じて医療機関を受診しようと考えた時、どこへ行けばいいか迷う人が多いのではないでしょうか。外反母趾(ぼし)なら整形外科、タコやウオノメなら皮膚科。でも、糖尿病で足に潰瘍ができてしまった場合、内科で足を診てもらえるのかどうか疑問に思うでしょう。もし内科、外科と並んで「足科」という診療科があれば、迷わず受診することができるようになるのではないかと思います。

 欧米には歯科医院と同じように、足科医院が地域に当たり前のようにあって、足のトラブルがあれば迷わずそこを訪れます。大学も医学部、歯学部と同列で足病学部という分野が確立しているのです。残念ながら、日本で足病学部が新しく作られることは現実的ではありません。しかし、このままの状態では生涯自分の足で歩き続けてもらうための医療を提供することができません。

 日本フットケア・足病医学会は、こうした危機感を持った医療者たちが集まって設立されました。医学会としては珍しく、形成外科、整形外科、血管外科、循環器内科医などが診療科の枠を越えて集まり、さらに看護師、理学療法士、義肢装具士、作業療法士など多職種も参加して、現在5000人ほどの会員が、日本においても足病医学を発展させたいという夢を持って活動しています。

 足病の専門医や医療職の育成、足の健康に関するビッグデータの集積など、学会として取り組まなければならないことは山ほどあります。足のトラブルをいち早く見つけ、重症化しないよう適切に対処できる環境を作り、一人でも多くの人が人生の最後まで自分の足で歩くことのできる未来をつくっていきたいと思います。(文・構成 ジャーナリスト・中山あゆみ)


寺師浩人

寺師浩人

 ▽寺師 浩人(てらし ひろと)

日本フットケア・足病医学会理事長(神戸大学医学部形成外科学教室教授)
1986年大分医科大学(現・大分大学)医学部医学科卒業。同大学付属病院を経て、97年から2年間、米ミシガン大学医学部形成外科で研究に携わり、2001年神戸大学医学部附属病院形成外科助教授、12年同大学院医学研究科形成外科学教授、19年大阪大学大学院招聘教授(兼任)、19年9月より日本フットケア・足病医学会理事長。


【足のクリニック表参道 桑原靖院長プロフィル】  





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