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ヘルペスウイルスが宿主のDNAメチル化を引き起こすメカニズム ~単純ヘルペスウイルス1型感染がアルツハイマー病発症の危険因子を示唆~東京慈恵会医科大学

 東京慈恵会医科大学医学部医学科4年生小坂瑠衣は、本学ウイルス学講座小林伸行准教授らとともに、単純ヘルペスウイルス1型感染が宿主であるヒトのDNAメチル化に関連することを明らかにしました。このことはヘルペスウイルス感染がアルツハイマー病に関連するメカニズムを世界で初めて解明するものです。

 単純ヘルペスウイルス1型は口唇ヘルペスの原因ウイルスで、生涯にわたり体内に潜伏することが知られています。認知症を引き起こす代表的な疾患であるアルツハイマー病の発症に単純ヘルペスウイルス1型感染の関わる可能性が指摘されていましたが、結論は出ていませんでした。

 本研究では、単純ヘルペスウイルス1型ウイルスのカプシドタンパクであるVP26がアルツハイマー病と関連するヒトのDNAメチル化を引き起こすことを世界で初めて明らかにしました。このことは単純ヘルペスウイルス1型感染とアルツハイマー病の関連を新たなメカニズムとして示したもので、今後、アルツハイマー病の予防や治療に役立つ可能性があります。

研究成果のポイント

・単純ヘルペスウイルス1型をヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞に感染させると、アルツハイマー病に関連すると考えられるCOASY DNAメチル化量が低下しました。しかし、抗ヘルペスウイルス薬であるアシクロビル存在下で感染させると逆にCOASY DNAメチル化量は増加しました。
・単純ヘルペスウイルス1型感染時に発現する前初期遺伝子タンパクはDNAメチル化量の変化を起こしませんでした。一方、カプシドタンパクVP26はCOASY DNAメチル化量を増加させました。
・本研究は単純ヘルペスウイルス1型が宿主のDNAメチル化を引き起こすことを示した初めての研究です。このことはウイルスとアルツハイマー病の関連を示す根拠となる可能性があります。
・本研究成果は10月29日にBrain, Behavior, & Immunity – Health誌オンライン版に掲載されました。

メンバー:東京慈恵会医科大学
医学部医学科  学生        小坂 瑠衣
ウイルス学講座 准教授     小林 伸行
〃      講座担当教授         近藤 一博

研究の詳細

1.背景
 ヒト単純ヘルペスウイルス1型 (HSV-1)は口唇ヘルペスを起こすウイルスで、感染率は高く、どこにでも存在するウイルスです。多くは幼少時に初感染し、その後三叉(さんさ)神経に潜伏感染します。疲労やストレス負荷によって再活性化し、繰り返し口唇ヘルペスを起こします。しかし、潜伏感染状態で何らかの影響を与えるかは不明でした。

 一方、HSV-1感染はアルツハイマー病 (AD)と関連する可能性が報告されています。これは、ADの脳で高率にHSV-1のDNAおよびRNAが検出されること、血清学的にHSV-1に対する抗体価が上昇していることが根拠として示されています。しかし、両者の関連について、結論は出ていません。

 ADは加齢が最も大きな危険因子であり、さまざまな環境因子によって、DNAメチル化が生じていると考えられています。そのひとつとして、エネルギー代謝に関連するCOASY遺伝子プロモーター領域のDNAメチル化がADで生じていることを報告しておりました。

 本研究ではHSV-1感染によって、COASY遺伝子DNAメチル化量が変化するか、検討を行いました。

2.研究内容

(1) HSV-1をヒト神経芽細胞腫SH-SY5Y細胞に感染させると、COASY DNAメチル化量は低下しました。しかし、抗ヘルペスウイルス薬であるアシクロビル (ACV)存在下で感染させると逆にCOASY DNAメチル化量は増加しました。このことは潜伏感染状態で、DNAメチル化が変化すると示唆されました。

(2) HSV-1が細胞に感染すると、ウイルスは前初期遺伝子 (IE)、初期遺伝子 (E)および後期遺伝子 (L)を発現させます。そこで、タンパク質合成阻害剤シクロヘキシミド、RNA合成阻害剤アクチノマイシンDおよびHSV-1の複製を阻害する作用をもつサイクリン依存性キナーゼ阻害薬ロスコビチンを用いて、HSV-1 IEタンパクのみをSH-SY5Y細胞に発現させました。その結果、IEタンパクはDNAメチル化の変化を引き起こしませんでした。そのため、HSV-1のEまたはLタンパクがDNAメチル化を引き起こすのに重要な役割をもつことが示唆されました。

(3) HSV-1のカプシドタンパクのひとつであるVP26はDNAメチル化酵素DNMT3Aと結合することが報告されています。また、VP26はVP5とVP19Cによって、核内に輸送されるため、単独の発現では核内で発現しません。そのため、VP26に核移行シグナル (NLS)を融合させ、核内で発現させました。その結果、VP26が核内で発現したときのみ、COASY DNAメチル化量は増加しました。HSV-1のカプシドタンパクであるVP26がDNMT3Aと結合することで、宿主のDNAメチル化量を変化させることが明らかになりました。また、HSV-1は三叉神経に潜伏感染し、再活性化時にはカプシドの状態で軸索の中を輸送されます。つまり、HSV-1が増殖しない場合でも、カプシドタンパクは脳内に存在し、脳内のDNAメチル化量を変化させる可能性が考えられました。

3. 今後の応用、展開

 本研究はHSV-1が宿主のDNAメチル化を引き起こすことを示した世界で初めての研究です。HSV-1とADとの関連は長年議論されてきましたが、HSV-1感染がDNAメチル化を介し、ADの発症に影響を与えると考えられました。このことはHSV-1感染の予防により、ADの発症を抑制できる可能性があることを示唆しています。

 本研究は本学医学部医学科に在籍する学生である小坂瑠衣らによって行われました。

4. 論文発表

雑誌名:Brain, Behavior, & Immunity - Health
論文タイトル:VP26, a herpes simplex virus type 1 capsid protein, increases DNA methylation in COASY promoter region.

著者:Rui Osaka, Nobuyuki Kobayashi, Kazuya Shimada, Azusa Ishii, Naomi Oka, Kazuhiro Kondo
DOI:https://doi.org/10.1016/j.bbih.2022.100545

5. 研究資金

 本研究成果は日本学術振興会科研費 (grant number 21K07553)による助成を受けました。
以上


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