女性医師のキャリア

地域医療に奮闘したシングルマザーが医療界の上層部に入って見えてきたもの 女性医師のキャリア 医学生インタビュー

 ◇日本医師会の役員選に立候補

 日本医師会では、さまざまな委員会の一つである健康食品の安全対策関連の委員会に所属して、年に4回ぐらい集まって活動していました。運営側である日本医師会の常任理事になるためには選挙に立候補する必要があります。候補者決定の際には、自薦というよりも地域のブロックから推薦してもらうケースが多く、私の場合は山形県と東北ブロックの医師会からの推薦を得ました。地域差があると思うのですが、東北の場合は男性も理事になりたいという方がそんなに多いわけではなく、女性の私にも「出てみたらどうか」と気軽に声を掛けていただきました。後に続く女性のためにも立候補を決めました。

 ◇多岐にわたる医師会の役割

 医師は診療以外にも多岐にわたる社会的な役割があります。国民全体の健康管理や予防活動、医療の安全と品質管理、災害対応と救急医療などの人命救助、地域の安全確保、健康に関する啓発や教育など、人々の健康を多方面から支えています。それらの仕事を取りまとめるには個人の思いではなく組織が必要であり、医師会はある程度の予算や資金をいただいて、さまざまな活動を担っています。

 私が常任理事として運営に関わった最初の2年間は、コロナ対策のため対面の意見交換ができず、医師会で自分が何をすべきなのかよく分からないまま過ごしていました。例えば、会合などでお会いした方の個人の電話番号を尋ねることに抵抗がありましたが、どんな状況であっても、物おじせず積極的にコミュニケーションを取るべきだったと痛感しています。

日本医学会総会で。左から2人目が神村医師

日本医学会総会で。左から2人目が神村医師

 ◇多様なキャリア選択が可能な時代に

 医師会では、女性支援センターや女性医師バンクといった女性支援も担当しています。20年ぐらい前までは、日本医師会の中で活動したい女性の応援にとどまっていました。その後、医師会内の女性の活躍が広がり、今度は自分たちの活動ではなく、若い女性医師が出産しても仕事が続けられるように、保育や託児サービスを整備する妊娠出産支援がしばらく続きました。ここ数年は男女共同参画が主流になり、女性医師を支えてくれるパートナーや家族にも目を向けるようになりました。ブランク後に復帰するには研修が絶対に必要であり、再研修の仕組みを整えていきたいと考えています。

 従来は、専門医の資格を取得して論文を発表し、臨床でバリバリやっている人だけが医師として高く評価されていました。型通りのキャリアしか選択できませんでした。これからは多様なキャリア選択を可能にしていきます。女性に限らず、男性が育児休暇を取る場合も同じで、言ってみれば男性でも女性でも個人のライフスタイルをしっかり支援するというのが今の流れであり、それは既に始まっています。さらに女性が活躍するためには、クオータ制のような後押しが重要です。日本は全く足りていません。

 ◇働き方改革で見直す「仕事の合理化」

 2024年に医師の働き方改革が本格化します。残業時間の削減ばかりが喫緊課題として取り上げられていますが、本当に求められるのは仕事の内容をどのようにスリム化していくかだと思います。限られた時間を有効に使うために、まずは仕事の中身をしっかりと検討する必要があります。それを理解することなく、働き方改革というお題目だけ唱えても全然変わりません。労働時間の削減ではなく、仕事の合理化を実現していくのが私の役目だと思っています。医療のみならず、日本の社会全体に「時間をかければ残業代がもらえて給料が上がる」といった仕組みがあり、それでは真の意味での改革は達成できません。国民のマインドを変えていくには時間がかかるかもしれませんが、少しずつでも確実に進めていくことが求められます。

 ◇自分のためではなく、社会に還元する医療を

 医学部の学生さんや周りの人は、医師という職業の安定性や経済的なメリットを考えて医学部に入ってくる方がまだ多いと思います。けれども、1人の医師を育成するには莫大(ばくだい)なお金がかかり、国民の大きな期待がかかっています。それを肝に銘じ、自分のためではなく、社会に還元していくために学んでいただきたいと思います。

 私の場合は、地域の同じ場所で40年近く医療を手掛けてきました。3代、4代続けて通院される患者さんもいて、病気や健康に関してだけでなく、赤ちゃんの頃から知っている若者が成長し、将来の職業について相談されたこともあります。医師の役割として、人間同士の信頼関係の構築も重要なのではないでしょうか。目を見て相手と話すことが日本人は苦手だとよく言われますが、学校教育でも医療でも、お互いの目を見ながら人と真剣に向き合える人材が一人でも増えるよう願っています。(了)


聞き手:石ケ森威彬(杏林大学医学部5年)・稲垣麻里子、文:稲垣麻里子、企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学医師)

神村 裕子(かみむら・ゆうこ)
 1955年岩手県生まれ。79年山形大学医学部卒業。トヨタ病院内科、山形鉄道病院内科非常勤、沼沢胃腸病院内科非常勤を経て86年同院副院長。94年川越医院(名称変更)副院長。97年日本医師会認定産業医、2008年労働衛生コンサルタント資格を取得。12年山形県医師会理事に就任、同常任理事、副会長。20年日本医師会常任理事。23年4月藍綬褒章受賞。

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