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パーキンソン病における新規オートファジーの障害を世界で初めて解明 ~エストロゲンの神経保護作用における新規オートファジーの重要性―東京慈恵会医科大学~

 東京慈恵会医科大学再生医学研究部 岡野 James 洋尚教授、内科学講座(脳神経内科)井口保之講座担当教授、坊野恵子助教、白石朋敬助教(再生医学研究部:大学院生)の研究グループは、パーキンソン病モデル神経細胞において新規オートファジーが障害されることを世界で初めて解明し、さらにエストロゲンによる新規オートファジー賦活化がパーキンソン病における神経細胞脆弱性を改善させることを示しました。本研究の成果は、これまで注目されていなかったパーキンソン病の病態における新規オートファジーの重要性を示唆するものであり、新たな治療法開発につながることが期待されます。
 オートファジーの”オート”は「自己」、”ファジー”は「食べる」の意であり、細胞がタンパク質や細胞小器官などの自己成分を分解する機能のことです。近年、従来から知られている”古典的”オートファジーとは異なる機構を持つ”新規”オートファジーも、神経変性疾患の病態への関与が報告されています。これらのオートファジーによる自浄作用の解明は、パーキンソン病を含む神経変性疾患の病態解明および治療開発に繋がる可能性があります。

<研究成果(概要)>

・家族性パーキンソン病の一つであるVPS35 D620N変異を有する患者由来iPS細胞(注1)を用いて、パーキンソン病において新規オートファジー障害が存在することを世界で初めて示しました。

・これまでの臨床研究から女性ホルモンのエストロゲンがパーキンソン病の発症や進行を抑制することが示唆されていましたが、本研究はパーキンソン病モデル神経細胞においてエストロゲンが神経保護作用を有することを確認しました。さらに、エストロゲンによる神経保護作用は、新規オートファジーを担うタンパク質であるRab9やWipi3の発現に依存していることを示しました。

(図1)本研究の概念図
 VPS35 D620N変異は新規オートファジーを障害する。エストロゲンの投与は新規オートファジーを賦活化し、ドパミンニューロン脆弱性を改善させる。

 本研究の成果は、2024年2月28日にCellular and Molecular Life Sciences誌に掲載されました。また、本研究は JSPS科研費 22KJ2783、18K15468、21K07302の助成を受けたものです。

研究の詳細
1.背景
 パーキンソン病は、アルツハイマー病に次いで2番目に多い神経変性疾患です。パーキンソン病では黒質におけるドパミン作動性ニューロンの変性を伴い、αシヌクレインの蓄積を特徴とします。多くのパーキンソン病症例は孤発性ですが、家族性の発症も約5-10%の患者に見られます。これらの家族性パーキンソン病の原因遺伝子変異を有する動物・細胞は、パーキンソン病の病態解析・治療開発のためのモデルとして広く活用されています。
 Vacuolar protein sorting 35 (VPS35)遺伝子は常染色体顕性パーキンソン病の病原遺伝子の1つであり、そのミスセンス変異であるD620N変異はスイスとオーストリアの家系で同定されました。興味深いことに、孤発性パーキンソン病患者の黒質においてもVPS35の発現レベルが低下していることが示されており、孤発性を含めたパーキンソン病の病態におけるVPS35の役割が注目されています。VPS35は、レトロマーと呼ばれる膜輸送タンパク質のサブユニットとして機能し、エンドソーム(注2)に局在するタンパク質をトランスゴルジ体または細胞膜へと逆行性輸送する役割があります。
 これまでのゲノムワイド関連解析などの遺伝学的解析で、パーキンソン病と細胞内自浄機構であるオートファジー(注3)の密接な関係が示されています。しかし、パーキンソン病におけるオートファジーの変調はαシヌクレインなどの異常凝集タンパク質の分解に関与するものを考えられているものの、その詳細な病態は解明されていません。そこで本研究では、これまで解析の対象とされてきた”古典的”オートファジーとは異なる分子メカニズムを持つ“新規”オートファジーも神経変性プロセスに寄与することが近年明らかになりつつあることから、パーキンソン病における新規オートファジー障害について詳細な解析を行いました。
 新規オートファジーは、トランスゴルジ体から発生したオートファゴソームを起点とし、Rab9やDram1、Wipi3などのタンパク質が主に機能するなど、古典的オートファジーとは異なる機構を持ちます。また、ATG5、ATG7、ATG9、LC3などの古典的オートファジーに必須である一部のタンパク質は、新規オートファジーに関与しないことも明らかになっています。本研究では、VPS35 D620N変異を有する神経細胞をパーキンソン病モデルとして用い、同変異がRab9依存性の新規オートファジー障害を引き起こし、新規オートファジーの活性化作用を持つエストロゲンがVPS35D620N患者由来ニューロンに対する神経保護作用を持つことを発見しました。

2.手法・成果
 ⅰ.VPS35 D620N変異細胞における新規オートファジー障害とエストロゲンによるレスキュー効果
 VPS35は、新規オートファジー誘導に重要なタンパク質であるRab9の細胞内輸送に関与することが知られていましたが、VPS35と新規オートファジーとの関係を評価した研究はありませんでした。本研究では、野生型またはD620N変異を持つVPS35遺伝子を安定発現するAtg5ノックアウトマウス線維芽細胞(MEF Atg5 -/-、注3)を用いて、D620N変異が新規オートファジー由来のオートファゴソーム(注4)形成を阻害することが明らかになりました(図2)。
 エストロゲンはパーキンソン病の発症・進行抑止作用があることが複数の臨床研究で明らかにされていますが、その機序は解明されていません。そこで本研究では、エストロゲンが新規オートファジー促進効果を持つという既報告に注目し、D620N変異VPS35遺伝子を安定発現したMEF Atg5 -/-における新規オートファジー障害がエストロゲン投与によって改善することを示しました(図2)。さらに、パーキンソン病患者由来iPS細胞(VPS35 D620N変異を有する)から分化させたドパミンニューロンにおいてATG5の発現を抑制し同様の解析を施行したところ、ヒト由来神経細胞においてもエストロゲンによる新規オートファジーレスキュー効果が誘導されることがわかりました。

(図2)VPS35 D620N変異細胞における新規オートファジー障害とエストロゲンによるレスキュー
 VPS35野生型およびD260N変異を安定発現させたMEF Atg5 -/-をCyto-IDで染色し、各細胞の蛍光強度をフローサイトメトリーで測定した(左図・中央図)。右図はiPS細胞由来ドパミンニューロンCyto-ID:オートファゴソームを特異的に染色する色素。

 ⅱ.VPS35 D620N変異神経細胞におけるエストロゲンの神経保護作用
 当研究グループは、VPS35 D620N変異神経細胞における脆弱性やαシヌクレインの蓄積を過去に報告していますが、本研究では、エストロゲンの投与が細胞脆弱性およびαシヌクレイン蓄積を改善することを示しました。さらに、これらのエストロゲンの作用は、古典的オートファジーに関与するATG5の発現抑制には影響されない一方、Rab9やWipi3といった新規オートファジーに必須のタンパク質の発現抑制により改善効果が失われることがわかりました。本研究の成果は、これまで明らかにされてきたパーキンソン病におけるエストロゲンの疾患修飾作用における新規オートファジーの関与を証明するものです。

(図3)エストロゲンによるVPS35 D620N変異ドパミンニューロン脆弱性の改善効果
 VPS35 D620N変異ドパミンニューロンでは、細胞死(アポトーシス、緑色のCC3で染色される細胞)に至る神経細胞が多い。(チロシンキナーゼ (TH、 赤色):ドパミンニューロンを染色、MAP2 (青色):神経細胞を染色、白矢印:アポトーシスを起こしたドパミンニューロン) 右図グラフで示されるように、エストロゲンはVPS35 D620N変異ドパミンニューロン細胞死を抑制するが、Rab9の発現抑制によりそのレスキュー効果は減弱する。

3.今後の応用、展開
 本研究は、パーキンソン病の病態における新規オートファジーの関与を示した初めての報告です。これまで、古典的オートファジーを標的としてパーキンソン病治療が試みられてきましたが、本研究結果から新規オートファジーの重要性も明らかになったため、今後の治療薬開発の幅が広がることが期待されます。しかし、古典的オートファジーと比較すると新規オートファジーに関与するタンパク質群や分解される基質、両者のオートファジー機序の細胞内での役割の違いなどについて未解明な部分が多く、今後の研究の発展のためには新規オートファジー自体の研究発展が欠かせません。本研究成果をもとに、新規オートファジーの神経細胞における役割の解析や、他のパーキンソン病モデルにおける新規オートファジー障害の解析などの研究をさらに展開し、新たな治療薬開発を目指していきます。

4.脚注、用語説明
注1 iPS細胞:皮膚や血液の細胞を用いて人工的に作られた多能性幹細胞。様々な臓器の細胞に分化する能力を持ち、増殖能力も非常に高い。
注2 エンドソーム:細胞内小器官の一つ。小胞体やゴルジ体で作られたタンパク質や、細胞膜から取り込まれたタンパク質の仕分けが行われる場所。
注3 MEF Atg5 -/-:古典的オートファジーの誘導に必須であるAtg5の発現を消失(ノックアウト)させることにより、新規オートファジーの評価が可能となった細胞株。東京大学大学院医学系研究科分子生物学分野 水島昇教授より供与頂いた。
注4 オートファゴソーム:細胞内の不要物を取り囲む二重膜に囲まれた球状の構造物。リソソームと融合し、分解される。

5.論文タイトル、著者
掲載誌名|Cellular and Molecular Life Sciences
論文タイトル|The Impact of VPS35 D620N Mutation on Alternative Autophagy and its Reversal by Estrogen in Parkinson's Disease
著者|Tomotaka Shiraishi、 Keiko Bono、 Hiromi Hiraki、 Yoko Manome、 Hisayoshi Oka、 Yasuyuki Iguchi、 Hirotaka James Okano
著者(日本語表記)白石朋敬、坊野恵子、平木宏美、馬目陽子、岡尚省、井口保之、岡野ジェイムス洋尚(責任著者)


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