教えて!けいゆう先生

「私はどれだけ生きられる?」
がん患者の余命とは何か

 私のように、がん患者さんを頻繁に診療する立場の医師は、「私はあとどのくらい生きられるでしょうか?」「余命は何カ月でしょうか?」と尋ねられることが数え切れないほどあります。

 医療ドラマならここで、「残念ですが、余命3カ月です」というような余命宣告があるわけですが、私はこの「余命○カ月です」という言葉を、これまで患者さんに使ったことは一度もありません。他の医師もおそらく同じでしょう。理由は簡単です。「そんなこと分かりっこないから」です。

 「余命」とは、「その人があとどのくらい生きられるか」を意味する言葉です。しかし、同じがんで、かつ進行度が似た人でも、生きられる期間はあまりにもさまざまです。

 余命を正確に予想することなど到底できません。がんの進行の速さや、薬がどのくらい効くか、患者さんの体力がどのくらいか、どんな持病があるかなどの特徴が、一人として同じ人はいないからです。

 そこで「余命」を伝える場合は、「生存期間中央値」という値を便宜上使います。例えば、過去のデータから同じ病気の人を99人集め、生きられた期間が長い順番に並べた時に、ちょうど真ん中の50番目に来る人の生きた期間が「生存期間中央値」です。誤解してはならないのが、ある病気の生存期間中央値が3カ月であっても、「その病気を持つ人が今後生きられる期間が3カ月である可能性が最も高い」という意味ではないということです。

 これは、学校の試験の成績にたとえるとよく分かります。例えば、ある学校の中学1年生の学力テストの得点の中央値が、これまでのデータから60点だと予想されるとしましょう。ここに、毎日まじめに勉強し、いつも成績優秀なA君と、全く勉強せずにテレビゲームばかりしているB君がいます。この2人の成績を予想するとして、「二人とも中央値である60点を取る確率が高い」と言えるでしょうか?

 A君はきっと中央値より高い点数を取る可能性が高く、B君は中央値より低い点数を取る可能性が高いはずですね。中央値とはあくまで、性質の異なる人たちを集めた時に、真ん中にくる値にすぎません。個人がどの値に位置するかは、その個人次第、ということになります。そして「がんの性質」と「余命」の関係は、「試験前の勉強量」と「試験の成績」の相関関係とは比べ物にならないほど複雑です。

 ◇がんの余命を考える時の注意点

 ステージ4の大腸がんの患者さんから「余命はどのくらいでしょうか?」と尋ねられたら、私は生存期間中央値の定義を説明した上で、「生存期間中央値は抗がん剤治療(化学療法)を行わないケースでは約8 カ月、化学療法を行って約2 年とされています」()と答えます。

 しかし、これだけでは説明として全く不十分です。これらの数字はあくまでステージ4の大腸がん全体の生存期間中央値で、実際には多種多様です。肝臓に転移が1カ所あっても、肺や肝臓、おなかの中に広くがんが広がっていても「ステージ4の大腸がん」です。

 また、今は肝臓に転移が1カ所でも、1カ月後は肺に転移が現れているかもしれません。同じサイズの肝転移のあるステージ4の大腸がんでも、抗がん剤がよく効けば長く生きられますし、抗がん剤の効き目が悪ければ余命は短いかもしれません。

 肝臓の転移も部位によっては手術で切除できるものもあれば、そうでないものもあります。もしかすると、肝転移のサイズが小さくなったらその時点で手術を検討できる、というものもあるかもしれません。がんの性質や進行のスピード、治療介入の影響で、生存期間の可能性の幅はあまりにも広いということです。

 よって、患者さんから「余命」を尋ねられたら、ここに書いた全てのことを説明しなくてはなりません。そして、ある程度の幅をもって予想していただく、ということになります。生存期間中央値は一つの目安にはなりますが、決して「余命○カ月です」というシンプルな余命宣告はありえないということです。

 余命を問われた医師が、上述したような回りくどい答えを返すと、「医師はきっと余命が分かっているはずなのに、ごまかされた」「あとどのくらい生きられるか正確に知らないと、家庭や仕事の調整ができないのに、はっきり教えてもらえなかった」と不信感を持つ人がいます。こういう方々の中には、がんの標準治療に不信感を示し、医学的根拠のない民間医療に傾倒し、結果的に余命を縮めてしまう人もいます。

 皆さんは、がんの余命宣告というものが、どうしてもこのようなあいまいな形でしか行うことができない、ということを分かっておいていただきたいと思います。(了)

※日本癌治療学会「大腸がん治療ガイドラインより

教えて!けいゆう先生

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