一流に学ぶ 「美と健康」説くスポーツドクター―中村格子氏

(第1回)
3回の転校で適応力磨く
天真らんまん、少女時代


 ◇将来の仕事、父から三つの提案

4歳ごろの中村格子氏(手前右)。両親、姉と4人で鹿児島の父の実家に行く途中、長崎・グラバー園で
 中学に入ってすぐ、将来の仕事について父親に相談すると、「何か資格を取るといい」と、保育士、教師、医師の三つを提案された。男女雇用機会均等法の制定前でもあり、女性が社会で活躍するための選択肢は限られていた。

 「教えるのは好きだから教師がいいとも思ったんですが、対象が子どもに限られるより、もっといろんな人と接する機会がある仕事がいいなと考えて、医師になろうと思いました」

 小学校時代は目立つような成績ではなかったが、中学に入り、自分で勉強方法を考えて実行すると、学業面でも頭角を現すようになってきた。

 「全部を丸暗記するのではなく、学習指導要領ではここで何を学ぶことを求められているのか、試験の出題をする人は何を聞きたいのか、相手の気持ちになって傾向と対策を立てるようにすると、急に点数が取れるようになりました」

 地元の進学校・横浜緑が丘高校に入学すると、早くもスポーツドクターへの道を目指すようになる。(ジャーナリスト・中山あゆみ)

→〔第2回〕友人の入院をきっかけに  横浜市大でスポーツドクター目指す

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一流に学ぶ 「美と健康」説くスポーツドクター―中村格子氏