一流に学ぶ 「美と健康」説くスポーツドクター―中村格子氏

(第5回)
日本代表チームのドクターに
一流選手の日常に感動

 「結婚生活は残念な形で終わりましたけど、悪いことばかりではなかったんですよ」と中村格子氏は話す。

 冬季スポーツが盛んな日光の市民病院に勤務し、夫の家族や横浜市立大学のスポーツドクターの大先輩にスケート関係者がいたという縁も重なって、スピードスケート日本代表チームの専属ドクターとして働く機会を得た。病院で地域医療に携わる傍ら、年に2~3回、2週間ほどの海外遠征や国内合宿に帯同し、選手たちのけがや不調に対応した。

 まだ、夫の家業の若女将(おかみ)としての立場もあったが、夫や夫の家族も「あまりお金にならない仕事でも、人生に彩りが加わるからやってみた方がいい」と背中を押してくれたという。

 当時、日本代表チームには、長野五輪(1998年)金メダリストの清水宏保、銅メダリストの岡崎朋美らがいた。遠征先ではレントゲンなどの検査機器は使えず、もちろん手術ができるわけでもない。痛みを訴える選手がいれば、その場で対応して痛みを緩和しなければならなかった。

 「選手の体の使い方を診て原因を探り、なぜそこが痛んでいるのか、どうすれば痛まないのかを本人に理解させるためには、整形外科学だけでなく運動学の知識も必要です。大学で習ったことでは対応できないので、本を買って読んだり、海外のドクターやトレーナーがどんなことをしているのかを見て学んだり、いろいろ勉強しました。一流のアスリートの体を間近で見られて、うれしく楽しく、とても光栄な時間でした」

 一流の選手とそうでない選手の違いを目の当たりにしたことも大きな収穫だった。

 「一流の選手は診察室に入ってくる時のあいさつから違います。礼儀正しくて、決して人をバカにしない。真面目に話を聞いて、自分にとっていいことは何でも取り入れていく柔軟性があります」

 遠征先でもその印象は変わらなかった。「『せっかく先生に来てもらっているんだから、自分もこうしなきゃ』という態度なので、『もっといいドクターにならなきゃ』という気持ちが芽生えます。大きなモチベーションになりましたね。『あの選手たちに役立つドクターになるには、どんな勉強をしたらいいんだろう』って考える機会が多くなりました」

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