女性アスリート健康支援委員会 選手のコンディションを科学で支える

月経による体調変化、自身で記録・把握を
~相談しやすい雰囲気づくり重要~ ―スピードスケート科学スタッフに聞く―

 ◇ピルは一つの選択肢

 ―著作の中でピルの使用を推奨しています。スポーツ選手はうまく活用した方がよいのでしょうか。

 競技選手でいる時間は短いので、トップを目指して頑張りたい、この試合はどうしても落としたくないなどというときに、一つの選択肢として試してもいいでしょう。そこに賭けているときに、月経が重なって力が発揮できなかったら取り戻せません。

 ただ、押し付けたくはありません。自分の体は自分にしか分からないからです。例えばスピードスケートの場合、選手たちはゼロコンマのところで戦っているので、非常に繊細で敏感です。そういう人たちはより一層、自分で選択していくことが大事になります。

著書「真剣に整理の話をしよう~子どもの自立につながる月経教育」(https://bookpub.jiji.com/book/b640778.html)を手に

著書「真剣に整理の話をしよう~子どもの自立につながる月経教育」(https://bookpub.jiji.com/book/b640778.html)を手に

 周りにピルを使っている人がいるかどうかも結構影響します。私は使っているんですけど、選手の中で「使ってみようかと思っています」という話があったときに、自分の経験を基に「一回試してみてもいいかもしれない」という話をします。また、他の選手も使用しているという話を聞くと、使うことに抵抗がなくなってきます。もちろん、使ってみたものの、合わなくてやめたという人もいます。

 ピルの服用に関し、基本的に問題はありません。他方、副作用や血栓ができるリスクがあったりするので、定期的に、例えばシーズンが終わったあたりに、婦人科で血液検査などをして確認するようにと言っています。

 ―ピルは中学生くらいから使用してもいいのですか。また、オンライン診療による処方をどう考えますか。

 世界保健機関(WHO)は初経が来たらピルを使ってもいいとしています。ただ、中学生くらいの年代は骨量獲得に向かっているところです。ホルモンや月経の状態を確認した方がいいので、使いたい場合は婦人科の先生に相談するよう勧めています。

 私はスケートではジュニアとシニアの選手で話す内容を分けていて、ジュニアに対しては「月経を健康の証しと捉え、うまく付き合っていく方法を考えよう」という講義にしています。ピルはどちらかというと推していませんが、「方法としてはある」と言っています。

 ピルをすでに服用していて、追加で処方してもらう場合にオンライン診療を活用するのも一つの方法です。ただ、最初の段階や中高生の場合には病院でしっかり診察を受けることが必要だと思います。婦人科の受診は最初はハードルが高いと感じるでしょうが、かかりつけ医ような形で行ける所があると、何かあったときに安心です。選手たちには最近「婦人科検診を一度受けてみて」とよく言っていて、実際に受けに行った選手もいます。

 ◇タブー視せずオープンに

 ―月経に対しては一般的にネガティブな捉え方が多く、あまり話題にしたがらないようです。

 女性の生理についてはここ数年、一般的に取り上げられるようになってきたと思うので、比較的話しやすくなってきているという印象はあります。ただ個人差が大きく、生理痛のひどい人とそうでもない人、月経前の症状がある人とない人がいます。その症状も人によって違ったりします。そのために話をするのが難しい面はあるかもしれません。

 スピードスケートのエリートアカデミーでは高校1~3年生の選手たちにいろいろな講義をしますが、私の講義は男女一緒に聞くことになっています。その場で女性アスリートのコンディショニングという話もしています。また、今は学校やその他の場所で、男性が生理痛の痛みや妊娠したときのおなかの重さを疑似体験したりするイベントも行われているようです。そうした動きが広がると、月経などに対する理解が深まります。話しやすい環境をつくっていただきたいですね。

 ―話せるようになれば楽になり、ウェルビーイングにもつながります。

 月経痛がものすごくひどくて寝込む人がいたり、月経前に気分がものすごく落ち込んだり、いらいらしたりしたときに、それに関して家の中で話せた方がお互いに過ごしやすいはずです。月経が原因と分かれば「鎮痛剤を飲んではどうか」「休んだ方がいい」となります。

 私は月経前症候群(PMS)がひどくて、人との接触を控えるほどいらいらするタイプでした。いつもなら職場の誰かとお昼を食べに行ったりするのに、その期間はやめておこうかと考えるほどでした。ピルを飲むようになってからは劇的に改善しました。

 そうしたことを知っておくと自分自身も安心しますし、対処法が分かってきます。周りの人も理解しようとします。お互いが理解して一緒に生活していければ、QOL(生活の質の向上)やウェルビーイングにつながっていくのではないでしょうか。(了)

 鈴木なつ未(すずき・なつみ) 拓殖大学国際学部准教授。筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻修了。博士(スポーツ医学)。独立行政法人日本スポーツ振興センターが運営する国立スポーツ科学センターなどで研究員を務めたほか、日本オリンピック委員会強化スタッフ、日本スケート連盟スピードスケート科学スタッフなどとしても活躍。ジュニアからシニアまで多くの選手のコンディショニングを支えてきた。

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