「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

新型コロナ時代に求められる「地理医学」とは (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第65回】

 感染症流行と地理医学

 地理医学の知識は感染症の流行に対処するためにも有用です。

 特に、気候は感染症の流行に大きな影響を及ぼします。日本や欧米のように四季のある気候では、夏には食中毒などの消化器感染症が流行し、冬にはインフルエンザなどの呼吸器感染症が流行します。熱帯で雨期と乾期しかない地域では、雨期に蚊が媒介するデング熱マラリアが流行します。飛沫(ひまつ)感染する呼吸器感染症も屋内で過ごす時間の長い雨期に流行しやすくなります。一方、乾期は水不足になることが多く、消化器感染症が増えます。

 文化的な要素も感染症の流行状況に影響します。例えば、イスラム圏では豚肉を食べないため、豚肉から感染する寄生虫症(有鉤条虫症=ゆうこうじょうちゅうしょう)がほとんど発生しません。また、イスラム教徒はイヌを飼うことが少ないため、狂犬病の患者も少なくなります。

 世界各地で開催される宗教行事も感染症の流行には大きな影響を与えています。サウジアラビアのメッカで、毎年1回開催される大巡礼では、飛沫感染する髄膜炎感染症インフルエンザが流行することがあります。

 こうした地理医学の知識で感染症の流行を考えていけば、今回の新型コロナのように爆発的に拡大する感染症の流行予測も可能になるのです。

 ◇リウマチや花粉症対策にも有用

 地理医学の知識は感染症以外の病気の対策にも用いられます。

 例えば、リウマチ性疾患や気管支ぜんそくは気候の影響を受けやすいとされており、その治療に当たっては季節を考慮した対応をすることが重要になっています。また、花粉症はその土地の植生に影響されるため、海外渡航者には滞在先の植生に応じた治療を推奨しています。日本では春のスギ花粉症が一般的ですが、米国東部では秋のブタクサによる花粉症が多く、薬を使用している人は服用時期を変更する必要があります。

 これ以外にも慢性疾患の中には、その土地の気候や地形などの影響を受けるものが数多くあり、こうした疾患を上手にコントロールするためには、地理医学に基づく対応が有用なのです。

 新型コロナの流行に当たって地理医学が注目されつつありますが、欧米諸国では既にさまざまな病気の診療に、この医学が応用されています。今後、日本でも渡航医学の分野などを中心に、この古くて新しい医学がさらに活用されることを期待したいと思います。(了)

濱田特任教授

濱田特任教授


 濱田 篤郎(はまだ・あつお)氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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