「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿

法医学会が初の学生向けセミナー開催
~社会的ニーズ紹介、将来の人材確保へ~ 【第8回(上)】

長崎大学法医学大学院生で産婦人科専門医の榛葉賴子医師が予定していた講演=2024年8月24日、横浜市【時事通信社】

長崎大学法医学大学院生で産婦人科専門医の榛葉賴子医師が予定していた講演=2024年8月24日、横浜市【時事通信社】

 ◇傷を診るプロとして児童虐待に対応

 池松和哉・長崎大学医学部長

 スライドを作成した法医学大学院生で産婦人科医の榛葉賴子医師が発熱のため、私が代打で「小児虐待への対応 法医学の役割」をテーマにお伝えする。

 榛葉医師は、長崎大医学部卒業までは基礎配属から法医学教室に在籍し、法医学の中でも損傷の診断、児童虐待に興味を持ったという。

 しかし、卒業してすぐに法医学に来たわけではない。両親が絶対静岡に戻るようにということで、静岡で初期臨床研修を実施。静岡の総合病院で産婦人科専門研修を受け、専門医を取った後に長崎大大学院に入り、同時に長崎大の産婦人科医員になった。だから二足のわらじを履いている。

 なぜ法医学で「虐待」なのかということだが、(逆に)日本法医学会のホームページにも法医学の定義で「解剖」とは一言も書いていない。解剖が確かに仕事の大半を占めているのは事実だが、解剖だけをしていればいいわけではない。

 2024年4月1日に改正児童福祉法が施行され、児童相談所と大学における法医学教室等との一層の連携強化ということで、法医学教室が児童虐待対応において児相と連携する機関であることが法律上、明文化された。

榛葉賴子医師の代打で登壇した池松和哉・長崎大学医学部長=2024年8月24日、横浜市【時事通信社】

榛葉賴子医師の代打で登壇した池松和哉・長崎大学医学部長=2024年8月24日、横浜市【時事通信社】

 法医学者に、児童の外傷にかかる受傷機転や重症度に関して意見を求めるよう書かれており、国はわれわれを傷を診るプロとみなしている。

 児相における児童虐待相談の対応件数だが、22年度は21万9000件を超え、なかなかの数になっている。

 では、虐待に対して法医学は何ができるのか。子どもの傷を診て受傷機序を考える。どうやってできたかを考える。さらに保護者や本人が本当のことを言っているのか、うそを言っているのかまで考える。

 長崎大は20年に長崎県との間で「児童虐待事案等における連携・協力に関する協定」を結んでいる。原因診断や薬毒物、歯牙所見などいろいろなものをやれるように仕組み作りをしている。県内に児相は2カ所あり、呼ばれたらいつでも対応する。

 もう一つのルートとして、県警から虐待疑いのメールが直接飛んで来ることがある。児相の動きが遅い場合で、われわれが写真を見て判断する。

 診察の体制は、われわれ医師・歯科医師と、児相のスタッフ、それから必ず警察の職員を入れ、3者で一緒に行うようにする。一度で済めば子どもの負担が減るためだ。

 気を使っているのは、写真撮影をプロがやること。県警の鑑識課員に制服ではなく、普段着で来てもらい、児童の写真を撮ってもらう。

 法医学者は客観的な所見から診断することが大事だ。あえて情報を聞かずに傷だけを診る。児童虐待に対する役割で、法医学はメインではなく、児相や警察に協力することで子どもの生命を守ろうとしている。法医学はさまざまな形で社会に貢献できる場所だというのがメッセージだ。


「医」の最前線 行動する法医学者の記録簿