「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

アジアやアフリカで感染者が少ない理由
~ファクターX、今後の対策のカギに~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター教授)【第13回】

 新型コロナの流行が中国で発生してから1年がたちました。その後、流行は世界各地に拡大していますが、地域によって感染の広がりに違いがあります。大まかに見て、欧米や中南米では感染者数が爆発的に増加した一方で、アジアやアフリカでは感染者数が、かなり少ない状況です。そこで、今回のコラムでは流行の地域差がなぜ起こるのかを検討してみましょう。

東京・渋谷のスクランブル交差点(東京都渋谷区)【AFP時事】

 ◇中世のペスト流行でも起きた地域差

 14世紀にヨーロッパを中心に拡大したペスト(黒死病)の流行は、全世界で約7000万人が死亡したとされています。この流行はヨーロッパのほぼ全域に及びましたが、流行を免れた町もありました。たとえばイタリアのミラノもその一つです。この時代にミラノはビスコンティ家が独裁制をとっており、流行が町の周囲に波及すると城門を閉ざして、患者の侵入を阻止しました。今でいう都市封鎖を行うことにより流行を防いだのです。

 この時の流行はインドでも起こりませんでした。その理由として、インドがヒマラヤ山脈などで地理的に隔絶していたからという説もありますが、シカゴ大学のマクニールはインドの習慣がペストの侵入を防いだという説を提唱しています。インドでは古来、ペストが風土病として存在していたため、住民がこの病気に感染しない習慣を身に付けていたというものです。

 いずれにしても、感染症の流行に当たっては、地形や気候、住民の習慣などがその拡大に大きな影響を与えます。

 ◇累積感染者数から見える地域差

 世界保健機関(WHO)は毎週、各地域別の新型コロナウイルスの累積感染者数を報告しています。WHOの地域は、南北アメリカ、ヨーロッパ、南東アジア、東地中海、アフリカ、西太平洋の六つに分かれています。東地中海とは中東から北アフリカまでの地域で、南東アジアはインドを中心とした地域、西太平洋には日本、中国、東南アジア、オーストラリアなどが含まれます。

 2021年2月初旬の報告では、全世界で1億人を越える累積感染者が報告されており、その8割近くが南北アメリカとヨーロッパでの発生でした(表)。これに南東アジアや東地中海が続き、アフリカと西太平洋は、ほんのわずかな数になっています。

  アフリカで感染者が少ない理由については、そもそも新型コロナを診断する検査体制が整備されていないという意見もあります。また、アフリカの大部分を占める熱帯気候では、コロナウイルスが流行しにくいことも考えられます。それでは、日本が属する西太平洋で感染者が少ないというのは、どのような理由なのでしょうか。

 ◇西太平洋地域は震源地周辺

 西太平洋地域のうちオーストラリアやニュージーランドは島国であり、両国とも新型コロナの流行が始まってから厳重な鎖国政策を取ってきました。この効果で感染者数は大変少なく抑えられています。

 それ以外は東アジアと東南アジアで、流行の震源地である中国もここに属しています。まさに、震源地およびその周辺の国々で感染者数が大変少ないということになります。
これらの国々の住民は人種的にモンゴロイドであることから、この人種が新型コロナウイルスに感染しにくい何らかの要因を持っていることが考えられます。これは京都大学の山中伸弥先生が提唱しているファクターXに共通するものです。

 ◇モンゴロイドに特徴的な要因

 この要因として、まずは生活上の習慣が挙げられます。例えば、この地域の住民は手洗いやマスク着用など、感染を防ぐための対策を日ごろから行っていたから、流行拡大を防いでいると考えることもできます。ただ、これだけの理由で大幅に感染者数を減らすことはできないでしょう。

 遺伝的な要因も考えられます。米国CDCは、米国内で発生した新型コロナウイルス感染者の人種別統計を発表しています。COVID-19 Hospitalization and Death by Race/Ethnicity | CDC

 これによると、白人に比べて、アフリカ系は1.4倍、ヒスパニック系は1.7倍、新型コロナウイルスに感染しやすくなっていますが、アジア系は0.6倍で、白人より感染しにくいという結果でした。このような人種差は、モンゴロイドにウイルス感染を防ぐ、何らかの遺伝的要因があることを想像させます。この点については今後の研究により、さらに明らかになってくるでしょう。

 ◇震源地周辺という特殊性

 もう一つ、免疫学的な要因があります。東アジアや東南アジアの住民の多くが、流行前から新型コロナウイルスの感染防御免疫を獲得していたという説です。コロナウイルスには風邪の原因になる種類もあります。この風邪のコロナウイルスによる免疫が、新型コロナウイルスの防御にも関係している可能性を示す論文が発表されています。Preexisting and de novo humoral immunity to SARS-CoV-2 in humans | Science (sciencemag.org)

 東アジアや東南アジアの住民が、こうしたウイルスに頻繁に暴露されていたら、新型コロナへの免疫を流行前から獲得していた可能性もあるでしょう。

 さらに、私は東アジア、東南アジアが新型コロナウイルスの震源地周辺に位置していることに鍵があるように思います。今回の流行は2019年12月ごろに中国の武漢で、動物からヒトにウイルスが感染して発生したとされています。しかし、この時期よりも前に、新型コロナウイルス(あるいはそれに類似するウイルス)の局所的な流行が、中国とその周辺国で起きていたことも考えられます。たとえば、2002年には中国南部で、別のコロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生しており、これも東アジアや東南アジアを中心に流行しました。こうした新しいコロナウイルスの流行は、この地域で何回も繰り返されていた可能性があるのです。

イタリア・ミラノのドゥオモ広場(大聖堂広場)【AFP時事】

 ◇日本も油断できない

 いずれにしても、東アジアや東南アジアで新型コロナウイルスの感染者数が少ないのは事実であり、その原因を明らかにすることは、今後のコロナ対策にも有意義なものになるでしょう。

 日本も西太平洋地域に属し、今のところ感染者数は欧米に比べると大変に少ない数です。しかし、2020年12月からの第3波の発生以降、日本は西太平洋地域で感染者数増加の顕著な国になっています。今後、変異株の流入などで感染者数がさらに増加し、欧米並みになることも予想されます。現在の流行状況に油断することなく、十分な予防対策を続けていくことが必要なのです。

 冒頭でペスト流行時のイタリアのミラノを紹介しました。この町は流行当初、都市封鎖でペストの侵入を食い止めましたが、次第に対策がほころび、数年後には流行の波にのみ込まれています。そのような歴史を繰り返さないようにしたいものです。(了)


濱田 篤郎 教授

 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
 東京医科大学病院渡航者医療センター教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

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