「医」の最前線 地域医療連携の今

個別化が進む乳がん治療
~遺伝子検査などで選択肢を見極める~ 【第5回】がんの医療連携① 九州がんセンター乳腺科部長 徳永えり子医師

 乳がんは女性のかかるがんの中では首位を占めており、9人に1人がかかると言われている。薬物療法が有効とされ、がんの中では個別化治療が最も進んでいる領域でもある。福岡県のがん診療連携拠点病院の一つである九州がんセンター(福岡市)では、地域の医療機関との連携強化が進められており、さらなる個別化治療が期待されている。

徳永えり子医師

 ◇女性がかかるがんの第1位

 コロナ禍においては、基礎疾患を持つ人の重症化が指摘されたが、がんもその一つとして感染対策には細心の注意が取られてきた。九州がんセンターは、がん専門病院ということもあり、手術が遅れるなどの直接的な影響は受けなかったという。むしろ、2020年4月の緊急事態宣言の後、検診がストップしたため、7月ごろまでは患者が激減したと同センター乳腺科部長の徳永えり子医師は当時を振り返る。

 「コロナの患者さんを受け入れて手術ができないという病院から転院されて来る方が多数おられました。緊急事態宣言が解除され、検診が再開されてから少しずつ患者さんは戻ってきていますが、最近は、がんと診断される方が急激に増えている印象があります。大きなしこりを自覚して受診する方が増えており、発見が遅れているのではないかと思っています」

 年々増加傾向にある乳がんだが、厚生労働省のデータによると、18年に診断された患者の数は約9万4千人。好発年齢のピークは40代と60代で、比較的若い人から高齢者まで幅広い年代に見られるのが乳がんの特徴でもある。乳がん患者が増加している背景には高齢化をはじめ、食生活や生活習慣の欧米化が指摘されており、今後もさらに増加することが想定されている。また、割合は低いものの、男性にも発症する。

 「乳がんが増加した一番の要因は高齢化ですが、加えて検診の受診率が向上したことで発見されるケースも増えたのではないかと考えられます。若い人では20代から、高齢者では80代、90代の方もおられます」

乳がんは年々増加傾向にある 美奈川由紀著「マンモグラフィってなに?ー乳がんが気になるあなたへ」(日本評論社)のイラストを参考に作成

 ◇ターゲットを絞った治療戦略

 乳がんの多くは、乳管と呼ばれる母乳の通り道から発生するが、乳腺組織の中にある母乳を作る小葉部分から発生するタイプのものも見られる。治療の基本は「手術療法」「薬物療法」「放射線療法」だが、治療はここ数年を見ても、さらなる個別化へ向けた取り組みが進められている。つまり、乳がんの生物学的性質(サブタイプ)に合わせて、よりターゲットを絞った治療が行われているのだ。

 乳がんのサブタイプは、「ホルモン受容体」および「HER2受容体」の有無によって下記の表のように分類される。ホルモン受容体は、細胞の表面にあるカギ穴のようなもので、このカギ穴に女性ホルモン(エストロゲン)が結合することで、がん細胞が増殖する。一方のHER2受容体(HER2タンパク)は、がん細胞の増殖に関与するタンパク質で、細胞表面にHER2タンパクが過剰に発現している場合は、がんの進行が速く、また転移も起こしやすいとされている。

乳がんのサブタイプに合わせて治療法を選択する

 日本人女性の約7割を占めているのが「HER2陰性、ホルモン受容体陽性」の乳がんだ。このタイプの薬物選択としては「ホルモン療法のみ」あるいは「ホルモン療法+化学療法」が適応となる。「HER2陰性、ホルモン受容体陽性」は比較的おとなしい乳がんだが、これまで乳腺外科医にとっては治療方針に悩むタイプでもあった。

 そこで、普及への期待が高まっているのが、手術後の抗がん剤の必要性を見極める「オンコタイプDX」などの遺伝子検査だ。オンコタイプDXは、手術時に採取したがん細胞(標本)を用いて21個の遺伝子を解析し、再発リスクをスコア化して、「高リスク」「中間リスク」「低リスク」の三つに分類する。再発の可能性が高い「高リスク」は再発予防として抗がん剤が推奨され、「低リスク」はホルモン療法のみが推奨される。「オンコタイプDXが保険適用されると、術後の薬物選択が今までとはかなり変化して、患者さんにとって最適な個別化治療が進んでいく」と徳永医師は期待する。

 乳がんの中には遺伝要因で発症するものもある。「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(HBOC=Hereditary Breast and Ovarian Cancer)」と呼ばれ、診断された全乳がんの5~10%を占める。HBOCは、「BRCA1」「BRCA2」という遺伝子の変異が原因であることが分かっており、遺伝子変異の検査は20年4月に保険適用になった。その結果、手術の方法や薬剤選択の順番などが変わってきたという。

 「リスク低減手術としての乳房切除術や卵巣・卵管切除術なども保険適応になったことで予防的な処置も可能となりました」と徳永医師。

 このほか、再発乳がんでは、分子標的薬とホルモン療法との併用療法によって、治療効果が大きく改善しているという。

 治療のターゲットを絞り込むことで不必要な治療を避けることができるのは、患者にとってはメリットであり、生活の質(QOL)の向上にもつながる。分子標的薬や遺伝子診断など、今後さらに進められていく治療戦略としての個別化治療に期待したい。(看護師・ジャーナリスト/美奈川由紀)

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