こちら診察室 タンパク質にまつわる栄養の話

高齢者、もっとタンパク質を
~ 推奨量は下の世代と同じ~ 第3回

 前回は成人の栄養についてお話ししました。栄養学的には、成長期を終えた20代から60代半ばまでの方を対象としていました。今回は60代半ば以降、つまり高齢者の方がタンパク質をどのように食べればよいのかを2回にわたって考えてみたいと思います。

 ◇高齢者の食生活の特徴

 生物は年を重ねると、必ず老化現象が起こります。そこで、タンパク質について考える前に、加齢に伴う身体の変化、そして食生活の特徴を確認しておきましょう。

 ① そしゃく機能
 自分の歯が残っていない、入れ歯が合わない、顎や口の筋力低下やまひなどの理由から、そしゃく機能の低下が見られる場合があります。硬い物や食物繊維が多い物はかみにくいため、軟らかい食べ物を好んだり、食事に時間がかかったりします。

 ② 嚥下(えんげ)機能
 私たちは何かを食べる時、食べ物をそしゃくして軟らかくした後、舌と咽頭の筋肉を使って飲み込みやすくまとめてから食道に送り込むという一連の作業を自然に行っています。しかし、加齢によりこの一連の作業がスムーズに行われにくくなる場合があり、食べ物の一部が誤って気管に入ってしまう「誤嚥(ごえん)」を起こす方も珍しくありません。特にサラサラした形態の食べ物や酸っぱい味付けの物は誤嚥を起こしやすく、逆にゼリー状の物やとろみのある物は誤嚥をせずに飲み込むことができます。

 ③ 消化・吸収機能
 加齢により、消化管運動、消化液分泌量、消化酵素活性などが減少するため、若い時のように一度にたくさんの量を食べると、胃もたれ下痢を起こしやすくなります。

 以上のように、食べ物を食べるために必要なそしゃく、嚥下、消化・吸収機能の低下により、食べられる物の種類や形態に制限が生じたり、食事量が減ったりする場合があります。これに加えて、高齢者の方には持病をお持ちの方が多くいらっしゃいます。病気による身体症状により、通常の食事がままならない場合や食事療法に取り組むケースも考慮しなければなりません。つまり高齢の方の食生活は健康状態によって大きく左右されるのです。

高齢者に必要なタンパク質摂取量

高齢者に必要なタンパク質摂取量

 ◇若い世代と変わらぬ必要量

 さて、このような食生活上の特徴を持つ高齢の方ですが、日本人の食事摂取基準(2020年版=詳細は前回を参照してください)でタンパク質の摂取量を確認してみます(表1)。65歳以上の方のタンパク質摂取量の推奨量(ほとんどの人が不足しないための量)は男性が1日に60g、女性は1日に50gです。表を見ると分かる通り、高齢ではない方とほぼ変わらない量が設定されています。特に、身長・体重が小さい方や75歳以上であって、加齢に伴い身体活動量が大きく低下した方などは必要エネルギー摂取量が低い場合でもタンパク質摂取量の下限が推奨量以上になることが望ましいとされています。

 次に、日本人の食事摂取基準(2020年版)より「エネルギー産生栄養素バランス」を示しました(表2)。

高齢者の望ましい栄養素バランス

高齢者の望ましい栄養素バランス

 エネルギー産生栄養素バランスとは、エネルギーを生み出す栄養素であるタンパク質、脂質、炭水化物が総エネルギー摂取量に占めるべき割合のことです。表の数値は、生活習慣病の発症予防とその重症化の予防を目的とする指標を示しました。65~74歳、75歳以上の数値を他の年代と比較してみてください。「15~20%」となっています。この下限の数値は他の年代よりも高く設定してあります。それだけ、高齢者にとってタンパク質摂取量が少なくならないようにすることが健康障害を防ぐための重要なポイントなのです。

自分がフレイルかどうか確かめよう

自分がフレイルかどうか確かめよう

 ◇フレイルとサルコペニア

 「フレイル」や「サルコペニア」という言葉を聞いたことがありますか? どちらも食事摂取量の不足や運動不足などに伴って起こり、高齢者の健康障害として注意しなければならない問題です。

 フレイルとは、高齢者が筋力や活動が低下している状態である「Frailty(虚弱)」のことを言います。老化に伴いさまざまな機能の低下が起こります。簡単に言えば、日常生活動作の低下や介護状態の悪化、疾病などの健康障害です。つまり病気になりやすい、病気が治りにくい、転びやすい、動きにくい―などの状態に陥ることを指します。

 フレイルの詳細な評価は、病院での検査や医師の診断が必要になります。表3に自分でもできる簡易的なフレイルの評価の一例を示しました。参考にしていただきたいと思います。

 ◇「指輪っかテスト」をしてみよう

 次にサルコペニアです。ギリシャ語の筋肉「sarx」と損失・減少を意味する「penia」の造語で、進行性および全身の骨格筋量、骨格筋力の低下を特徴とする症候群のことを言います。サルコペニアの評価においても、詳細な検査や診断が必要となりますが、自宅で簡単に評価する方法として「指輪っかテスト」があります。

 まず、足の裏がしっかりと地面に着き、膝が直角に曲がる状態で座れる高さの椅子などに座ります。次に、利き足でない方の足のふくらはぎの最も太い部分を両手の親指と人さし指で囲んで「指輪っか」を作ります。両手の指がくっ付かないか、ちょうど囲める状態の方はサルコペニアの可能性は低いです。しかし、両手の指で輪っかを作ることができ、ふくらはぎと指の間に隙間が生じるような方は筋肉量が少なく、サルコペニアの可能性が高いかもしれません。

 ◇悪循環を防ぎたい

 高齢の方がサルコペニアの状態になる、つまり筋肉量が減少するとどうなるでしょうか? 運動量の低下がさらなる筋肉量の減少を招き、運動機能や身体機能が低下します。それが活動量の低下につながるという悪循環に陥りやすく、フレイルを引き起こす原因の一つになってしまいます。

 私は、高齢者のフレイルやサルコペニアを何とか未然に防ぎたいと考えています。次回も続いて、このテーマを取り上げたいと思います。(了)

 今村佳代子(いまむら・かよこ)
 管理栄養士・公認スポーツ栄養士。鹿児島純心女子大学・看護栄養学部健康栄養学科准教授。日本女子大学家政学部食物学科卒業。病院勤務を経て同大学大学院修士課程修了。現在は大学で管理栄養士養成に従事する傍ら、高校生・大学生アスリートへ栄養サポートを実施する。Webサイト「アスレシピ(日刊スポーツ新聞社)」に『KAGOSHIMA×食』グループでコラム・レシピを執筆。


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