こちら診察室 介護の「今」

帰りたくても帰れない 第14回

 関東地方のある老人保健施設(老健)で在宅復帰を目指してリハビリテーションに励んでいた高齢者Aさんがいた。

 「元気になって家に帰る」

 その誓いを胸に、つらいリハビリを続けていた。

介護施設からの在宅復帰は難しい=写真はイメージです

介護施設からの在宅復帰は難しい=写真はイメージです

 ◇「とても無理です」

 もうすぐ正月がやって来る。Aさんは老健の職員に「正月の間だけでも、一度家に帰ることはできないだろうか」と願い出た。

 その願いを受け、職員は施設の了解を取り付け、家族と面談した。家族は言った。

 「とても無理です。うちには、受験を前にした子どもがいます。今、介護が必要な親に返って来てもらっては困るんです。どうかこのまま施設に置いてください」

 それは、嘆願とも言えるものだった。

 「正月の間だけ」という小さな願いは聞き入れられず、その後しばらくは、「家に帰りたくても帰れない」とぼやくことが多くなった。

 ◇「勘弁してください」

 それでもAさんは気を取り直し、リハビリを頑張った。「孫の受験が終われば家に帰れるはずだ」という思いから頑張った。

 春が来た。孫は大学に合格した。

 日常生活に介護が必要な状態は変わらないが、リハビリの成果もあり、歩行器を使えば歩けるまでになっていた。

 施設長(医師)は退所の許可を出した。職員は再度、家族と面談した。家族は言った。

 「勘弁してください。歩行器で歩き回れるほど、家は広くありません。共働きで、親の面倒を見る余裕はありません」

 結局、Aさんは二度と自宅に帰ることなく、数年後に亡くなった。

 ◇介護老人保健施設

 Aさんが入所していたのは老健だ。脳梗塞で倒れ、急性期病院に救急車で搬送された。その後、回復期リハビリテーション病棟を経て、老健に入所した。

 老健は、在宅復帰を目指す施設だ。1986年の老人保健法改正で老人保健施設を規定、87年からモデル施設の運用が始まり、翌年から本格稼働した。

 2000年に施行された介護保険法により根拠規定が老人保健法から介護保険法に変わり、「介護老人保健施設」と呼ばれるようになった。

 介護保険で要介護1〜5の認定を受けた人が入所でき、要支援の人は入所できない。

 老健は、リハビリを提供して要介護者の機能維持・改善の役割を担う施設であり、厚生労働省は「在宅復帰、在宅療養支援のための地域拠点となる施設」と位置付けている。

 ◇家庭への復帰率36%

 介護保険施設には、介護老人福祉施設(特養)、老健、介護医療院がある。他に、介護療養型医療施設があるが、2024年3月末の廃止が決定している。

 2021年10月現在の施設数は、特養8,414、老健4,279、介護医療院617、介護療養型医療施設421だ(厚労省 2021年介護サービス施設・事業所調査の概況)。

 このうち、在宅復帰を明確に打ち出しているのは老健だけであり、特養と介護医療院は、いわゆる「ついの住み家」としての性格が強い。それを裏付ける資料としては、3施設の退所理由と退所先がある。

 まず、退所の理由として「死亡」を見ると、特養が69.0%、介護医療院52.2%であるのに比べ、老健は10.6%と低い。

 次に、退所先が「家庭」であるのは、特養2.2%、介護医療院7.8%に比べ、老健は36.3%と比較的高い(厚労省 2019年介護サービス施設・事業所調査)。

 しかし、在宅復帰を目指す老健であっても、家庭への復帰がかなうのは入所者の約3分の1人にすぎない。

 ◇「最後まで面倒見てくれないの」

 近畿地方のある老健では、入所者ごとに在宅復帰を目指すリハビリのプログラムを立て、多職種が協働してプログラムを実施している。ところが、家に帰れるような身体状況になっても、家族から「せっかく入れてくれたのに、最後まで面倒を見てくれないんですか」と言われることが多いと、老健の施設長は嘆く。

 入所の際に、在宅復帰を目指すことに関して家族に同意をもらっていたとしても、入所が長引くほどに、在宅への受け入れを拒む傾向が強くなるという。

 老健の平均在所日数は約310日だ(厚労省 2019年調査)。入所当初は、「早く元気になってね」と送り出しても、10カ月もすれば、家庭内の考え方や事情が変わり、介護を必要とする親がいないのが当たり前の風景となってくる。

 筆者にも親が要介護になったという同級生は多い。同級生の多くから、「やっと施設に入れたよ」という声をよく耳にする。

  • 1
  • 2

こちら診察室 介護の「今」