こちら診察室 介護の「今」

家族と対決したケアマネ 第51回

 80代の高齢者夫妻、50代の長男夫妻、20代の孫1人の3世代家族があった。

 ◇家族模様

 高齢者夫妻のうち、妻は認知症で施設に入所している。長男は会社員。コロナ禍をきっかけに在宅勤務が多くなった。嫁は、ピアノを家で教えている。孫は、大学は出たものの、いわゆるフリーターで、両親の小言が嫌で家にはほとんど帰らない。

 ◇老人の一日

 高齢者夫妻のうちの夫である良雄さん(仮名)は、日がな一日何をするでもなく、ぼーっとしている。

 これが長男夫妻にとっては、腰の定まらない息子とともに気がかりの種だ。母親を施設に入れたことで、親戚からさんざんに言われたこともあり、父親まで施設に入れるわけにはいかない。

 長男夫妻は代わる代わる「じっとしていると、ぼけますよ」と口うるさく迫る。

 良雄さんは88歳。動きは緩慢で返事もろくにしない。長男は、認知症になったのだろうと介護保険の要介護認定を申請した。

 ◇認定結果への不満

 良雄さんの要介護認定の結果は、7段階あるランクのうちで一番軽い「要支援1」だった。担当になったケアマネジャーに認定結果についての不満を漏らした。

 「以前の父は、こんな風じゃなかった。母も、認知症が始まった頃は、ぼっとしていることが多かった。ちょこっとした認定の調査くらいで分かるはずがない」

 そう迫る長男にケアマネジャーは「お父さまは認知症ではないと、調査の結果が出ています。要支援1になったのは、日常生活に部分的な手助けが必要だからという理由です」ときっぱりと返した。介護サービスの利用については、良雄さん本人が「まだ必要ない」と同意せず、しばらく様子を見ることになった。

 ◇緊急呼び出し

 半月ほどたって、「父がじゅうたんに火をつけた。すぐに来てほしい」と長男から電話があった。
ケアマネジャーが駆け付けると、確かにじゅうたんは焦げていた。そこは、いつも良雄さんがたばこをくゆらす縁側近くのじゅうたんの縁。

 長男は「だから言わんことじゃない!」と語気が荒い。妻は「灰皿かじゅうたんかも分からなくなってしまったんです」と憂い顔で続ける。

 だが、火をつけたのではなく、たばこでじゅうたんを焦がしただけのようだ。

 「火をつけたわけじゃないんですね」

 そう問うケアマネジャーに、「いずれにしても同じことだ」「火事になりかけたんです」「一日、家にいるのが駄目なんだ」「施設に通わせるとか、勧めてみてくれませんか」と夫妻は畳み掛けた。

 「分かりました。お父さまと少し二人だけでお話しさせていただいても、よろしいでしょうか」とケアマネジャーは言った。

 ◇良雄さんの気持ち

 「立派なお庭ですね」

 その庭は、良雄さんがたばこをくゆらせながら、いつも眺めている庭である。

 「私は、良雄さんがぼけていないことを知っています」

 良雄さんは顔をケアマネジャーに向けた。

 「息子さんたちは、良雄さんの健康を気遣って、日中は施設にでも通ったらどうかとおっしゃっています」

 しばらくの沈黙の後、良雄さんの首が横に振られた。

 「行きたくないのですね」

 今度は、縦に首が振られる。

 「このお庭は良雄さんが造られたんですね」

 「この家だって、わしが建てた」

 「一生懸命に働いて…」

 「そう。わしはどこにも行かず、ここでたばこを吸っているのが一番いい」

 そんなやりとりが交わされた結果、息子夫婦のために、週に一度だけデイサービスに通うことを良雄さんは、承知した。

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