こちら診察室 介護の「今」

「指導」への違和感 第27回

 86歳の独り暮らしの男性が数日後に退院する。病院の主治医は、自宅へ戻ることに難色を示した。家族は、転院か施設入所を考えていた。だが、男性は自宅に帰ることを強く希望し、在宅復帰が決定した。

「病院が好きな人いますか?」と男性は言った

「病院が好きな人いますか?」と男性は言った

 ◇名答

 今回の入院の原因は、転倒による大腿骨頸部(けいぶ)骨折。主治医は、回復期リハビリテーション病棟がある病院への転院を勧めた。しかし男性、「一日でも早く家に帰してほしい」と嘆願。リハビリの継続を条件に、主治医は在宅復帰を許可した。

 面会に出向いたケアマネジャーは、早く自宅に帰りたい理由を聞いてみた。男性は「病院が好きな人いますか?」と答えた。

 質問したことが恥ずかしくなるような名答だった。普通の人が抱く、普通の感覚だとケアマネジャーは思った。

 ◇指導の会議

 この日は、帰郷している長男がいる間にということで、退院前カンファレンスがセットされていた。ケアマネジャーはそのまま病院に残り、カンファレンスに参加した。

 高齢者が退院する場合、病院で行われる退院カンファレンスは、「指導」の場になることが多いとケアマネジャーは感じている。今回のカンファレンスも、骨折の予後管理に加え、持病の呼吸器疾患についての指導も行われた。それにしても、病院のスタッフたちは「患者指導」や「家族指導」という言葉をためらわずに繰り出す。指導とは、指導する者が意図する方向に教え導くことであり、指導する者とされる者の間には上下関係が歴然と横たわっている。

 医療の目的は、患者の治療と健康の維持・増進であるわけだから、その目的を達成するために、指導はやむを得ないのかもしれない。

 でも、やはり、相談援助をなりわいとするケアマネジャーにとって「指導」は、違和感を覚える言葉である。

 ◇この日の収穫

 カンファレンスでは収穫もあった。男性利用者の自宅への退院を家族全員が反対していると思っていたケアマネジャーだったが、少なくとも会議に出席した長男からは、反対でもない様子が見て取れた。

 会議終了後、ケアマネジャーは長男と話してみた。

 ◇長男が語る姉たちの考え

 長男は「姉たちは大反対なのですけど、何とか説得するしかありません」と言った。父親の独り暮らしに反対しているのは、長男の2人の姉だったのだ。

 姉たちは「老人ホームにでも入ってくれれば、安心なんだけどね」と、いつも口をそろえたという。ただ、帰郷のたびにそれとなく切り出してみても、父親は「まだまだ大丈夫だ」と言って、耳を貸そうとしなかった。

 そんな中で起きた、今回の骨折と入院。姉たちは父親の体を案じながら、自宅での暮らしを諦めさせる「チャンス到来!」と考えたのだ。しっかりと歩くことがままならない父親は、「まだまだ大丈夫」とは言えないはずだ。すぐに入居できる老人ホームが見つからなければ、少し長く置いてくれる病院に移り、入院中に老人ホームを探すことを画策したのだ。ところが、父親は家に帰ることを強く望み、その意志を通した。

 ケアマネジャーは長男に「お姉さま方を説得できると思いますか?」と聞いた。

 長男は腕を組み、「う〜ん、姉たちも、父親譲りで頑固だからなあ…」と答えた。

 長男がいる間に、ケアマネジャーは、ぜひともサービス担当者会議を開催したいと思った。

 ◇利用者主体の会議

 退院後にサービスを開始するためには、サービス担当者会議が必須だ。ただ、担当者会議の開催理由は、それだけではない。病院でのカンファレンスの指導的雰囲気とは、まったく逆の方向に力を働かせる会議がぜひ必要だとケアマネジャーは考えている。

 暮らし方を決めるのは利用者本人であることは言うまでもない。介護が必要な状態になっても、それだけは揺るぎないものだ。暮らしの主人公が本人であることは、ごく当たり前のことだが、それを確認する場が必要だ。本人にも、家族にも、サービス担当者にも、会議に参加するすべての人が、暮らしの主体は、利用者本人であることを確認し、共有する場こそが、サービス担当者会議だとケアマネジャーは思っている。

 ◇原案作り

 サービス担当者会議には、ケアプランの原案が必要だ。退院までのわずかな時間、ケアマネジャーは病院で男性と一緒にケアプランの原案を練り上げた。

 「退院したら、どのような暮らしがしたいですか?」

 「今までのような、普通の暮らし」

 原案作りは「普通の暮らし」を一緒に考え、要介護2になった今、どのようにすれば「普通の暮らし」を取り戻せるかの作戦会議でもあった。併せて、退院カンファレンスで繰り出された「指導」についても、どのような形で実行するかを男性とケアマネジャーは一緒に検討した。指導を無視するのではなく、指導の内容を加味した、暮らしの再設計である。そのようにしてケアプランの原案作りが進められた。

 そして、退院の翌日、長男を交えてサービス担当者会議が開催された。

 ◇会議を終えて

 サービス担当者会議が終わり、出席したサービス担当者たちを見送った後、長男はケアマネジャーに言った。

 「いけそうですね」

 「お姉さま方を説得できそうですか?」

 「大丈夫でしょう。いや、僕が駄目でも、父が自ら説得しますよ。あの調子で…」

 あの調子とは、サービス担当者会議での男性の様子を指している。自分の意志を言葉に出し、それに出席者たちは大きくうなずく。そのうなずきに自信を得て、自由意志を膨らませるという良い循環が生まれたのだ。

 「何だか、若返ったような感じですね」と、長男は父親を評した。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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