肥大型心筋症は、明らかな原因がないにもかかわらず心室肥大が認められる原発性の心筋症で、指定難病に認定されている。発症頻度は500人に1人の割合とされるが、高知大学老年病・循環器内科学講座教授の北岡裕章氏は、「頻度はもっと高い。過小評価されている」と、5月15日に東京都で開かれたプレスセミナー(主催:ブリストル・マイヤーズ スクイブ)で警鐘を鳴らした。肥大型心筋症に対しては、これまで対症療法が行われていたが、今年(2025年)3月、心筋の収縮力を減弱させ、心筋のエネルギー代謝を改善する新クラスの選択的心筋ミオシン阻害薬マバカムテン(商品名カムザイオス)が承認された。同氏は、こうした肥大型心筋症治療の進歩についても言及した。(関連記事「心筋症の新薬マバカムテン、国内P3で好結果」「マバカムテン、閉塞性肥大型心筋症治療薬として承認」)
評価には運動負荷試験が必要
肥大型心筋症は、高血圧や心臓弁膜症などの心室肥大を来す明らかな原因がないにもかかわらず、心室肥大が認められる原発性の心筋症である。左室流出路閉塞の有無により約7割を占める閉塞性肥大型心筋症と、非閉塞性肥大型心筋症に大別される。
北岡氏は「肥大型心筋症は、心機能障害が大きくない例、心不全に移行する例、多くはないが突然死を来す例など病態の振り幅が大きい」と述べた。同氏によると、国内外を問わず500人に1人の割合で発症するという。しかし疾患の認知度は低く、「1回の診察では肥大型心筋症患者の全てを把握することはできないため、長期に観察することが重要だ」と述べた。
また、前述のように肥大型心筋症患者に占める突然死の割合は大きくないものの、若年層の突然死では肥大型心筋症が最も多い。そのため、同氏は「原因不明の意識消失例や心臓壁の高度肥厚例などの高リスク患者では、予防的に植え込み型除細動器(ICD)を用いて突然死を防ぐ。その結果、肥大型心筋症患者の予後は一般人口と遜色ない状態にまでなった」と説明した。
その一方で、肥大型心筋症の評価には課題が残る。高知県では約300例の肥大型心筋症患者を追跡しており、初診患者の多くはニューヨーク心臓協会(NYHA)心機能分類Ⅰ/Ⅱ度で、自覚症状がほとんどなく比較的元気な状態で訪れるという。約半数が学校や職場などの健診で心電図異常を指摘されて受診し、残りは息切れなどの症状や家族歴を有する例だった。
患者は日常生活で歩行速度を緩めたり、階段の使用を避けたりして息切れするのを防いでいる。そのため本来、「症状が出ないように行動を制限している」と医師に伝えるべきところを「症状がない」と言ってしまうため、症状を把握しにくい。病状の正確な評価には、心臓超音波検査(心エコー検査)ではなく運動負荷試験を用いる必要がある。
現在、3,500人の肥大型心筋症患者が難病認定されているが、発症頻度が500人に1人とすると日本の人口から実際の患者数は20万人、閉塞性肥大型心筋症患者は14万人と推定され、指定難病申請者数と大きく乖離する。肥大型心筋症が過小評価される要因として同氏は、医師が運動負荷試験を用いていないこと、患者自身も症状に慣れてしまっていることを挙げた。
マバカムテンは心筋のクロスブリッジ形成を抑制し心筋の収縮力を減弱
長らく原因不明とされてきた肥大型心筋症は1990年、心筋を構成する蛋白質の遺伝子変異により発症することが報告された。心筋の収縮・拡張は心筋細胞のサルコメア内におけるアクチンおよびミオシンのクロスブリッジ(架橋)形成に依存し、ミオシンヘッドがアクチンと強く結合するクロスブリッジを形成すると、エネルギー源としてアデノシン三リン酸(ATP)を消費して心筋を収縮させることが示された。遺伝子変異を有すると、肥大型心筋症のサルコメアでは過剰な数のミオシンがクロスブリッジを形成し、心筋の過収縮が生じると考えられている(Sci Adv 2023; 9: EABO7622)。
今年承認されたマバカムテンは、ミオシンとアクチンのクロスブリッジ形成を抑制することで(J Biol Chem 2017;292:16571-16577)、心筋の収縮力を減弱させ(Science 2016;351:617-621)、心筋のエネルギー代謝を改善する新機序を有する。
マバカムテンについて、北岡氏は「β遮断薬やCa拮抗薬などの既存薬とは異なり、肥大型心筋症の病態に即した治療薬がようやく登場した」と述べ、国内第Ⅲ相臨床試験HORIZON-HCM(症候性閉塞性肥大型心筋症患者38例、NYHA心機能分類Ⅱ/Ⅲ度)のデータを紹介した。
主要評価項目とした運動負荷後の左室流入路(LVOT)最大圧較差は、ベースライン時の85.1360mmHgから投与30週後には28.3617mmHgと有意に低下した〔平均変化量-60.6963±31.55674mmHg、95%CI -71.5364~-49.8562mmHg 、図1〕。
図1. 運動負荷後のLVOT最大圧較差のベースラインからの変化量(HORIZON-HCM試験・主要評価項目)
副次評価項目のうちNYHA心機能分類のⅠ度以上の改善割合は63.2%で、ベースライン時にⅡ度が86.8%、Ⅲ度が13.2%だったのが、30週後にはⅠ度が57.9%、Ⅱ度が36.8%となり、Ⅲ度は0%だった(図2)。
図2. NIHA心機能分類がベースラインから1度以上改善した患者の割合(HORIZON-HCM試験・副次評価項目)
(図1、2ともプレスセミナー資料より)
これらの結果について、同氏は「主要評価項目としたLVOT最大圧較差の変化量は、カテーテル治療や手術に匹敵する。予想以上の成績だった」と述べ、「結果的に階段の昇降で息切れしていた患者の症状が消失していた」と説明した。
マバカムテンの安全性については既報と同様で、適正使用により安全性上、問題となる副作用を来しにくいことが示された。適正使用に関しては5月に日本循環器学会が『マバカムテンの適正使用に関するステートメント 第1版(2025年)』を発表した(関連記事「学会がマバカムテン適正使用でステートメント」)。同ステートメントと添付文書に基づく、適正使用が求められている。
同氏は「ICDなどの導入により肥大型心筋症患者の良好な生命予後が担保できるようになった。一方、症状については改善が得られにくかったが、病態に即したマバカムテンの登場により症状改善を目指せる時代になった」と強調した。
「肥大型心筋症の新しい薬が出れば希望が湧き、生きる望みが持てる」
セミナーでは、肥大型心筋症で治療中の林千晶氏が、症状や日常生活などについて述べた。同氏は子育て中に、普段通りに階段を上っただけで全力疾走した後のような激しい息切れを自覚し、30分間横になっても息苦しさが続いたことを機に受診し診断に至った。
2kg以上の物は持てない、疲れやすい、不整脈やふらつきがあり、家事にも困難を来すようになったことから職場を変更。同氏は「発症前は何も考えずにできていたことを思うと非常につらい」と心の内を明かした。その時々で体調に変化があるため、予定をキャンセルするのは申し訳ないとの気持ちから、友人と約束することもままならないという。
北岡氏が指摘したように、林氏自身も肥大型心筋症に対する認知度は低いことを実感しており、「受診すれば治る」「栄養をしっかり取れば良くなる」などの声を聞くにつけ、理解が得られないことへの葛藤が生じると述べた。骨折のように、目に見える病状に対しては比較的理解が得られやすいが、同氏のように一見した限りでは分かりにくい内部障害を抱える患者はヘルプマーク※を付けても、認識されにくい。
同氏は「肥大型心筋症の新しい薬が出れば希望が湧き、生きる望みが持てる。1日でも早く使えるようになるとありがたい」と期待を示した。
マバカムテンの製造販売を予定するブリストル・マイヤーズ スクイブによると、現在発売準備中であるという〔編集部注:同薬は5月21日に発売された(関連記事「閉塞性肥大型心筋症治療薬マバカムテンを発売」)〕
(編集部・田上玲子)
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