作業関連疾患と生活習慣病 家庭の医学

 近年、「生活習慣病」ということばが広く使われています。これにはかつて「成人病」と呼ばれていた疾患の大部分が含まれます。中高年がかかる病気を「成人の病気」と呼んでしまうと、誰でも年をとるので対処法のない病気となり、病気を防ぐための努力がおろそかになりかねません。そこで疾病が不適切な生活習慣によって生まれ、増悪(ぞうあく)するということを強調し、疾病対策として各自が主体的に生活習慣をあらためる努力をうながすため、こういう呼称が生まれました。これは近代的な個人主義の考えかたにもとづくということもできます。すなわち、「自分の健康は自分の責任であり、自分で守る」ということです。
 しかし個人の生活習慣は、すべて個人の選択の結果であり個人の責任なのでしょうか。現実は、個人の生活のすべてを個人がコントロールできるものではありません。特に職場では、一見個人の自主的な選択とみられる行動が、職場の条件に強く規定されていることが少なくありません。不規則な食生活、飲酒・喫煙などが、個人の選択の結果とみえて、実はそうせざるをえない状況に置かれたり誘導されたりしていることがあります。
 そうしたことを無視して、職場で個人の生活習慣の問題点を指摘し、その改善を指導するということが職場の健康管理でしばしばおこなわれることがあります。しかし、問題のある生活をせざるをえない直接・間接の原因が職場にある以上、生活の問題を指摘され改善を指示されるだけでは、実際の問題解決にはつながりません。まして、疾病の主要な原因が職場にあるのに、それを個人の責任に転嫁するのは患者さんを追いつめることになります。
 働く人の健康障害の原因を、すべて職場に帰することができるわけではありませんが、働く人の健康問題を考えるとき、必ず一度は仕事との関連を考えてほしいと思います。その意味で、生活習慣病ということばを安易に使わず、生活習慣の奥にあるものまで考えるということが必要です。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)