産業医と家族 家庭の医学

 従業員が50人以上の企業では、産業医を置くことが法律で義務づけられています。産業医とは会社と契約し、労働基準監督署に届け出られた医師で、必ずしも常勤ではなく、月1回ぐらいしか会社にはこない場合もありますが、医師という専門の立場で、会社の従業員の健康障害の予防や健康増進にあたっています。
 最近の職業に関連した健康問題は、特殊な有害物による職業病よりも、働きすぎやメンタルストレスの問題が多くなってきています。会社勤めの家族が非常に落ち込んでいる、あるいはどうも体調をくずしているようであるというようなとき、本人ははっきりいわないけれど、会社での勤務状況や人間関係が原因のことがあります。こうした場合、家族が直接会社に問い合わせることは本人の会社内の立場などを考えると、むずかしいことが多いでしょう。これに対し、産業医は会社と契約しているといっても医師ですから、職業上知りえた個人の情報をみだりに他人や会社に漏らすことは、刑法で禁じられています。そこで、状況によっては、産業医を媒介に職場と家族が連携し、本人の健康上の問題の解決にあたることが、有用なことがあります。
 ただし、家族が産業医とはじめて接触する際は、慎重な対応が必要です。たとえば、電話で家族であると名乗っていろいろ本人の会社でのようすを問い合わせたとき、それに対して産業医がすぐ具体的に教えてくれるようでは、その産業医の情報管理の姿勢に疑問がもたれます。本来、個人の心身の健康情報に関することは、本人の許可を得てやりとりされるべきことであり、緊急事態であれ最低限、本当に家族であることが確認されてから、相談が始まらなければなりません。ただ家族としても、産業医という制度があることを知っておき、心身の不調をうったえる本人に、産業医との相談をすすめる、あるいは本人と家族がいっしょに産業医に面接するというかたちで、家庭と職場両側から問題の解決にあたることができればきわめて有効です。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)