じん肺症〔じんぱいしょう〕

 粉じんを吸い込むことでひき起こされるじん肺は、病名としては2020年の新型コロナによるものを除けば有害物による業務上疾病のなかでは最多であり、また、じん肺健康診断で異常のあった人は1000人を超えています。職種としては鉱物などの掘削・積み下ろし、石材加工、金属研磨、陶磁器・鋳物製造、金属製錬、溶接、炭素製品、い草製造、トンネル建設などで、全国ではこうした粉じん作業に従事する労働者は約58万人(2020年)います。
 じん肺のうち、結晶質シリカによるものをケイ肺と呼びます。10~20年以上シリカを含む粉じんの中で作業を続けると、肺に小さな粒状のケイ肺結節が生じます。これがしだいに密になり、やがて相互に癒合(ゆごう)し大結節となり、周囲の肺はひっぱられて肺気腫になります。その結果、肺が十分な酸素を取り込めなくなり、呼吸困難になるだけでなく気管支炎や気管支拡張症を合併しやすくなります。1964年に開催された東京オリンピックや1970年に開催された大阪万博などがおこなわれた高度経済成長期には、各地に新幹線や高速道路など高速交通網が急速に整備されましたが、短期間でのトンネル掘削のため長時間高濃度の粉塵に曝露(ばくろ:さらされること)され、通常より短い10年程度で高度のじん肺になる作業者が多発し注目されました。ケイ肺の合併症としての結核は以前からよく知られていましたが最近、じん肺に伴う炎症状態が肺がんとも関係すると考えられるようになり、肺がんも労災として認められる合併症に加えられました。
 石綿(アスベスト)は天然の繊維状結晶鉱物で、保温材・断熱材などの建築材やブレーキ、パッキン、フィルターなどに用いられてきました。しかし石綿は、肺や胸膜の炎症に加え、肺がんや胸膜のがん(悪性中皮腫〈ちゅうひしゅ〉)をひき起こします。石綿のためにこうした疾患にかかる人は建築関係の人が多いのですが、現場で断熱材を切断していた工務店の大工などは石綿が使われていることを知らず、自らが経営者でもあるため労災保険の適用を受けにくいなどの問題がありました。さらに2005年に兵庫県尼崎のクボタの工場周辺住民に悪性中皮腫が多発し、同工場から周囲に流れてきた石綿が原因であることがあきらかになり、大きな問題になりました。この事件を契機に各地の石綿取り扱い工場とその周辺住民の悪性腫瘍多発が次々とあきらかになり、たとえば大阪南部には石綿で防燃の糸や布を作る小さな工場がたくさんありますが、その工場や周辺住民に悪性中皮腫が多発していることが報告されました。こうした経過もあり、いまでは石綿の輸入や製造はすべて禁止されています。しかし、建材などにこれまで使われた数百万トンの石綿は残っています。石綿が建物で使われていたことが判明した場合、廃棄が必要ですが、防護が不十分なまま急いでそういう建材を廃棄した場合、かえって曝露をふやしてしまうことがあるので、慎重な対応が必要です。
 なお、石綿による肺がんは喫煙との相乗作用があることが知られ、石綿に曝露する人のうち喫煙者は、非喫煙者にくらべはるかに肺がんが多くなります。いっぽう、石綿の代替で建材などに用いられているガラス繊維やロックウールには皮膚への刺激性はありますが、肺の奥には吸収されず、がんになることはないと考えられています。

【参照】
 呼吸器の病気:じん肺症

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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