ストレスと健康 家庭の医学

 ストレスということばは、現代では日常語といってもよいくらい頻繁に使われています。複雑化した組織や人間関係のなかで、多種多様の情報やコンピュータをはじめとする高度な機器に取り囲まれて働く現代人は、ストレスの多い生活を強いられているといえます。生活習慣病や精神・神経系の病気の増加にはこれらのストレスが関係しているといわれています。

■ストレスとは
 ストレスという考えかたを最初に医学の領域に取り入れたのは、カナダのハンス・セリエ教授で1930年ころです。彼は生物学的なストレスを「体外から加えられた各種の有害作用に応じて体内に生じた、障害と防衛反応の総和である」と定義しました。すなわち、からだが有害な刺激(たとえば寒さなどの生物学的なストレスや、人間関係にもとづく精神的なストレスなど)を受けると、生体はそれに反応しますが、そのときの有害刺激をストレッサー、生体の反応(ゆがみ)をストレスと呼んだのです。
 しかし、現在その定義はきわめてあいまいになっており、ストレッサーのことをストレスと呼んでいる場合も少なくありません。すなわち、生体に対して、平均以上の緊張を強いるような負荷を通常はストレスとしている場合が多いようです。
 ストレス刺激にはいろいろなものがあります。厳しい暑さや寒さ、強い光や音など物理的な刺激もそうですし、食物や薬品などの化学物質もストレス刺激となりえます。さらにこのような物理・化学的な刺激ばかりでなく、社会心理的な刺激など、人間のこころやからだのはたらきにゆがみを与えるものはすべてストレス刺激となりえます。
 今日の社会では、むしろ社会心理的な刺激のほうがストレスとして意味をもってきているのかもしれません。現代社会のストレスには、進学や就職の悩み、嫁姑問題などのような家族関係をめぐるストレス、仕事上のあせり・疎外感や職場での人間関係、高度の機器を使わざるをえないことによって生じるテクノストレスなど、枚挙にいとまがありません。

■ストレスで発症しやすい疾患とその症状
 今日の社会ではストレス刺激が多くありますが、それを避ける暇もなく、これによって本格的な病気を発病してしまうこともまれではありません。
 胃潰瘍は典型的なストレスが原因となる疾患です。働きざかりの男性が、たえず仕事に追われイライラし、十分なストレス解消をしないでいると、ある日突然胃がシクシクと痛み、胃潰瘍になります。このほかに不整脈心臓神経症などの心臓病、円形脱毛症アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患、肥満糖尿病などの内分泌疾患など、さまざまな病気がストレスに関連して発症し、あるいは悪化します。表に、ストレスにより起こったり悪化しやすい病気をまとめて示しました。これらは現代社会に特徴的な病気であり、これに対処する方法を考えなければなりません。


■ストレスの予防
 ストレスを感じているときは、本来健康を守るべき防衛反応が過剰となった状態です。ですからストレス刺激に長くさらされていると、上記の表に示したような疾患を発症する可能性があります。
 こうした疾患を予防するためには、ほかの病気の場合と同様、できるだけ早く発病の徴候を見つけ、早めに対応することです。そして原因となるストレッサーを取り除き、あるいは減らすことが第一です。
 ただし原因がわかっていても、それを取り除くことは必ずしも容易ではありません。学校や職場を簡単に変更できないことを考えればよくわかります。ですからストレッサーの受けとめかたを変えて、できるだけその影響を少なくするように努力することも必要です。

■ストレス度の高さ
 日常生活のなかで出合う出来事が、どの程度のストレスになるかを調べたホームズらの研究があります。配偶者の死を100点とした場合の日常生活上の出来事の相対的ストレス度を点数で示しています。表からもあきらかなように、配偶者の死はストレス度がもっとも高く、このほかに離婚、別居、結婚、失職、仕事や家族の変化、転職などもストレス度の高い出来事としてあげられています。
 ただし、この表は1960年代のアメリカにおける調査にもとづいており、必ずしも日本人にはあてはまりません。日本人の場合は結婚のストレス度はこれより低く、逆に借金のストレス度が高いとされています。


■ストレスに対処するためには
 現代社会のストレスにじょうずに対処していくためには、ストレス刺激を受けても、それに対応する力(ストレス能力)をより強くしておくことが大切です。ふだんから刺激を避けて、浅いかかわりだけですごしていては、ストレス能力は育ちません。刺激を受けて鍛錬することが大切なのです。
 江戸前期の儒学者である貝原益軒は「子どもには飢えと寒さを与えよ」といいました。これは「子どもは風の子」とか、「かわいい子には旅をさせよ」といったことわざにも通じるもので、ストレス能力の強化が健康につながることを意味しているものと解釈できます。
 しかしいっぽう、日常的に遭遇する精神的なストレスに対してはストレス能力の強化などとばかりもいっていられません。心身状態の自己コントロールをおこない、精神的ストレスに対処するのも一つの方法です。自己コントロールというのは、自分の行動を意識的にコントロールすることです。これには禁酒・禁煙や節食といった行動のほかに、気分やからだの緊張感、内臓の活動状態をコントロールすることによって、不安や緊張をとり、血圧を下げ、あるいは寝つきをよくしたり、肩こりを軽くしたりすることができるのです。
 これをストレスリラクゼーションと呼びます。リラクゼーションとは、文字どおり筋肉を弛緩(しかん)させる方法ですが、これによって血圧が下がり、精神的な健康度がよくなり、あるいはストレスからくる疾病を予防するとして、アメリカではさかんにおこなわれています。
 日常生活の注意としては、十分な睡眠、規則正しいバランスのとれた食生活が、心身両面での健康生活を送るために最低限必要です。心身に不安を感じたとき、まず、自分がなにに対してストレスを感じているか、自分の状態や感情を自覚することが大切です。そしてその後、自分を省みたり、必要ならば変えていくことを考えてみましょう。
 気晴らしも必要です。旅行やハイキングに行く、楽器を演奏したり絵を描く、野菜や花をつくるなど、仕事や家事から離れたり、別の視点から見ることができる機会をもてる時間をつくりましょう。
 スポーツは、日常とは違う環境で集中する時間をもつことがストレス解消につながります。それだけでなく、循環器系、呼吸器系、運動器系や代謝など、からだの機能を保つうえで有効であるという点からも重要です。

■ストレスチェックの義務化について
 最近、精神障害を原因とする労災認定件数が増加しています。このような職場における精神障害による休職などのトラブルには精神的ストレスが引き金になることが多いと考えられます。そこで最近の社会情勢の変化や労働災害の動向に即したかたちで対応し、労働者の安全と健康の確保対策をいっそう充実するため、「労働安全衛生法の一部を改正する法律」(平成26年法律第82号)が2014(平成26)年6月25日に公布され、2015年12月より「常時50名以上」の全事業場(法人・個人)において年1回のストレスチェックをおこなうことが義務化されました。
 高ストレス者であると判定された人に対して、医師(産業医)による面接指導が勧奨され、事業者は、面接指導の結果、医師の意見を聴いたうえで、必要な場合には、休職、残業禁止、労働時間の短縮、作業の転換など、適切な就業上の措置をし、また、働かせかたや職場環境に問題がある場合は、改善をはかる必要があります。

(執筆・監修:自治医科大学附属さいたま医療センター 総合医学第1講座 主任教授/循環器内科 教授 藤田 英雄)