漢方の特質

 漢方は中国の伝統医学をもとに、わが国の実情にあわせて発展した医療の体系です。したがって、西洋医学とはまったく異なったものの見かた・考えかたに立っています。漢方と上手につきあうには、この漢方の特質を理解することが大切です。
 漢方には2つの特質があります。一つは、天然に産出する草根木皮(生薬〈しょうやく〉)を複数組み合わせて、一定のレシピによって漢方方剤をつくり、これを用いて病気の治療や、病気になりにくいからだづくりをすることです。たとえば「葛根湯(かっこんとう)」は葛根4g、麻黄(まおう)3g、桂皮(けいひ)2g、甘草(かんぞう)2g、芍薬(しゃくやく)2g、大棗(たいそう)3g、生姜(しょうきょう)3gというレシピです。煎じ薬(せんじぐすり)として用いる場合には、この分量の生薬をなべに入れ、水600mLを加えて弱火で約40分間煎じ、茶こしで滓(かす)を取り除いて、できあがった煎じ液(約200mL)を1日分とし、2~3回に分けて服用します。
 現在では医療用や薬局で販売される「漢方エキス製剤」が広く応用されていますが、これは製薬会社の工場で大がかりに煎じ液をつくり、濃縮したエキスに乳糖やトウモロコシ・デンプンなどを加えて顆粒や細粒にした製剤です。つまり、この工程はインスタントコーヒーを製造するのと似ています。このエキス製剤を服用するときはコーヒーカップなどに入れて熱湯を加え、煎じ液のかたちに戻すのが正しい飲みかたです。漢方薬を西洋薬と比較すると、西洋薬が単一成分であるのに対して、漢方薬は多数の成分を含有しています。多成分だからこそ、1つの漢方薬で多方面の効果が期待できるのです。
 漢方のもう一つの特質は病気を診断する際に、「気血水(きけつすい)」「陰陽・虚実」そして「五臓」という独特の「ものさし」をもっていることです。各々の詳細は次に記しますが、総論的にいえることは、わたしたちの存在はこころとからだが一体となったもので、これを分離することができないという考えかたです。また、わたしたちは地球環境を離れては存在できない。自然のなかで生かされており、自然の摂理によく従って生きていかなければならないと考えています。

■基本となる考えかた
□気血水
 漢方の世界では、この地球環境には目に見えない力があり、わたしたちの生命はこの力が集まって成り立っていると考えています。この力を「気」と呼んでいます。気の一部が液体となりますが、そのうち赤色のものを「血(けつ)」、無色のものを「水(すい)」といいます。この気血水の量が保たれ、体内をくまなく循環していれば、病気にかからず、天寿をまっとうできるのです。
 気の量が不足した病態を「気虚(ききょ)」と呼びますが、気力がなく、すぐにかぜをひく、内臓が下垂するなどの症状をあらわします。補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や六君子湯(りっくんしとう)など薬用人参が配合された漢方薬はこの病態に用います。
 気が上半身に集中してバランスがくずれた病態を「気逆(きぎゃく)」といいます。更年期障害でみられるホットフラッシュ、冷えのぼせなどはこの病態で、加味逍遙散(かみしょうようさん)、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)などを用いて、バランスのくずれを治します。
 気の巡りに障害が起こり、のどのあたりにとどこおったり、腹部にとどこおった病態を「気鬱(きうつ)」といいます。半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)、香蘇散(こうそさん)などを用いて気の流れをよくします。
 「血(けつ)」は気が液化し、赤色となったものです。からだの構造を維持するはたらきをします。血の量に不足をきたすと、あかぎれや皮膚の荒れ、こむらがえり、肝臓の線維化などが起こります。これを「血虚(けっきょ)」の病態といい、四物湯(しもつとう)、温経湯(うんけいとう)などを用います。
 血の流通がスムーズでない病態を「瘀血(おけつ)」と呼びます。月経不順、生理痛、イライラ、肩こり、頭痛などの症状を示します。桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、加味逍遙散(かみしょうようさん)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、女神散(にょしんさん)など「駆瘀血剤(くおけつざい)」という一群の漢方方剤でこれを改善します。
 「水(すい)」は気が液化したもので、無色のものをいいます。体内にバランスよく分布するものですが、このバランスのくずれた病態を「水毒(すいどく)」と呼びます。浮腫(むくみ)、めまい、水様の鼻汁、関節液の貯留などの症状をあらわします。小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、五苓散(ごれいさん)、防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)などを用いて改善をはかります。

□陰陽と虚実
 陰陽と虚実の考えかたは西洋医学にはないものさしです。「陽」は昼夜でいえば昼、季節では春と夏、日陰と日なたでは日なたのことです。つまり、明るく、活動的で熱性です。陰はこの逆ですから、暗く、非活動的で寒性です。
 たとえば感冒で体温が高く、まっ赤な顔をして暑がっている状態が「陽」の病態で、いっぽう、発熱がほとんどなく青白い顔をして寒がっている状態が「陰」です。ふだんの体質でも、暑がりの汗かきで体温も高めの人は「陽性」、寒がりで汗をかかず体温も低めの人は「陰性」の体質といえます。
 陰の状態(陰証〈いんしょう〉)は、からだが冷えて新陳代謝が低下した状態ですので「温める」薬を用い、陽の状態(陽証)はからだに炎症などがあるために新陳代謝が亢進(こうしん)した状態ですので「冷やす」薬を用います。
 虚実は、病気と闘う力の大きさを示すことばです。闘う力が弱く、空虚な状態が「虚」であり、充実した状態を「実」といいます。胃下垂でやせた人は虚の体質であり、胃腸が丈夫でふとった人は実の体質です。虚の状態(虚証〈きょしょう〉)には、体力を補い元気を増す薬(補剤〈ほざい〉)を用い、実の状態(実証〈じっしょう〉)には病気を攻撃して病気を駆逐する薬(瀉剤〈しゃざい〉)を用います。
 補剤は、胃腸のはたらきをさかんにして栄養状態を改善し、それによって病気からの回復力や病気と闘う免疫などを強めるはたらきがあります。このような薬は西洋医学にはなく、現代医療のなかにあっても大きな価値があります。
 漢方方剤は、陰陽と虚実のものさしでとらえたゆがみを正常な状態にひき戻すようにつくられています。つまり、作用する方向(ベクトル)をもっています。

 図からわかることは、「陽で実」の状態に用いる漢方方剤を誤って「陰で虚」の人が用いると、からだはますます冷えてしまい、危険な状態になるということです。
 逆に「陽で実」の人が、「陰で虚」の人に用いる漢方方剤を誤って用いると、不快な熱感が起こり、のぼせてしまい、病気は治りません。

□五臓
 漢方の世界では「こころとからだを一体のものと考える」とさきに記しましたが、五臓の考えかたはこのことを具体的に示しています。西洋医学の肝臓や腎臓などとはおおいに異なっていますが、ここでは素直に「漢方の世界」のこととご理解ください。
 ・肝臓…新陳代謝をおこなうとともに、筋肉の緊張度と怒りの感情をコントロールします。この肝臓が失調すると、イライラと怒りやすくなり、肩こり、頭痛が起こります。抑肝散(よくかんさん)、柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)、四逆散(しぎゃくさん)などはこの失調を改善します。
 ・心臓…血を循環させるとともに、よろこびの感情をコントロールします。その失調によって、「おはしが転がってもおかしい」状態や、舌炎・口内炎などが起こります。三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)、半夏瀉心湯(はんげしゃしんとう)、清心蓮子飲(せいしんれんしいん)などはこの失調を改善します。
 ・脾臓(ひぞう)…食物を消化し、外界の気を取り込むとともに、「こだわり」の感情をコントロールします。その失調によって、元気がなくなり、ささいなことに「こだわる」ようになります。帰脾湯(きひとう)、六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などはこの失調を改善します。
 ・肺臓…呼吸によって天空の気を取り込むとともに、憂いの感情をコントロールします。その失調によって、元気がなくなり、憂鬱、悲しみの感情があらわれます。小青竜湯(しょうせいりゅうとう)、清肺湯(せいはいとう)、辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)などはこの失調を改善します。
 ・腎臓…水分代謝、歯や骨の維持、生殖などを健全に保つとともに、おそれや驚きの感情をコントロールします。その失調によって、浮腫や性的能力の衰えがみられますが、あわせて、ささいなことに驚いたり、不安感があらわれます。八味地黄丸(はちみじおうがん)、牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)、六味丸(ろくみがん)はこのような失調状態を改善します。

□証(しょう)
 証というのは、前述したような漢方のものさしであらわれているさまざまな症状を測定し、もっともふさわしい漢方方剤を選び出した結果のことです。漢方的な「診断」ですが、診断がついたときにはもっともふさわしい漢方方剤が選び出されているわけですから、治療の指示でもあります。

□証と病名
 漢方の診断である「証」と西洋医学の病名の関係を図に示しました。たとえば、西洋医学的に慢性肝炎と診断された人について考えてみましょう。この人が冷えやすく寒がりなら、漢方的には「陰」の病態ですし、暑がりで赤ら顔をしていれば「陽」の病態です。

 西洋医学的に同じ病名でも漢方的には2型に分かれます。さらに、陽の病態で瘀血(おけつ)と診断されると、大柴胡湯(だいさいことう)、小柴胡湯(しょうさいことう)、桃核承気湯(とうかくじょうきとう)、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)などの証が候補として絞られます。そこで虚実を判定し、さらに便秘傾向にあるのかないのか、あばら骨の下を押すと痛むか痛まないかなどを診察し、最終的に大柴胡湯(だいさいことう)の証と決定します。
 漢方の知恵を用いると、西洋医学で同じ病名の病気にも、かなり個別的な治療ができるのです。原則論からいうと、証と病名はまったく関係がありません。しかし、ある病名の患者に特定の「証」が出現する頻度が高いことも事実ですので、わたしたち漢方も西洋医学もできる医師は病名を尊重して「証」診断をおこなっています。