言語障害には大きく分けて、ことばの発達の問題と発音(構音)の問題がありますが、口やあごが直接関与する言語障害には、発音の異常(構音障害)があります。
声は声帯でつくられますが、その声が口から外へ出るまでの間(声帯からくちびるまで)に、軟口蓋(なんこうがい:上あごの奥の動く部分)、舌、くちびるなどの動きによってさまざまな音に変えられ、口から言語音として出されます。この「音をつくること」を「構音」といいますが、声帯からくちびるまでの間のかたちや機能になんらかの異常があると、正しい音がつくれなくなります。これを構音障害といいます。
口やあごの先天性の病気で、構音障害が起こる代表的なものとして口蓋裂(れつ)があります。また、舌小帯(ぜつしょうたい)短縮症や、少数ながら先天性鼻咽腔(びいんくう)閉鎖不全症などもあげられます。
■口蓋裂による構音障害
口やあごのかたちや機能が直接関与する言語障害の代表的なものには、
口蓋裂による構音障害があります。
ことばを話すときに、ことばや声が鼻に抜けないように「口と鼻の間を閉じる」という機能があります。これを「鼻咽腔閉鎖機能」といいますが、口蓋裂の場合にはこの機能に問題が起こります(
ことばの遅れ)。
この機能が十分にはたらかないまま、ことばを話す時期になると、声が鼻に抜けてしまって正しい音がつくれないということが起こります。この発音の異常には「開鼻声」「鼻漏出による子音のゆがみ」といわれるもの(声が鼻に抜けるために直接的に起こる声や発音の異常)と、「異常構音」といわれるもの(口蓋裂があったために、正常音とは違った方法で音をつくってしまう発音の誤り)があります。この「異常構音」には、その特徴によって「声門破裂音」「咽頭破裂音」「咽頭摩擦音」「側音化構音」「口蓋化構音」「鼻咽腔構音」などといわれるものがあります。
口蓋裂の治療は、出生後なるべく早い時期から口腔(こうくう)外科医、形成外科医、歯科医、耳鼻咽喉科医、言語聴覚士、看護師、その他の多くの専門家のチームにより総合的におこなわれます。口蓋裂に対しては手術が必要ですが、その時期までは、ことばに対しては育児環境や言語環境の調整をおこないながら、正常な発達をうながします。
手術は通常1歳代前半(1歳3カ月ころで体重10kg程度がめやす)におこない、鼻咽腔閉鎖機能を改善させます。その後、4歳ころまでは3~6カ月くらいの間隔で定期検査をおこない、手術後の経過はどうか、鼻咽腔閉鎖機能はよいか、言語は正常に発達しているか、発音の発達はどうか、口蓋裂による構音障害は出ていないか、う蝕(むし歯)になっていないか、中耳炎を起こしていないかなどを総合的にみていきます。
経過観察中に、鼻に抜ける声が改善しないことがありますが、その場合には鼻咽腔閉鎖機能がわるく、再手術が必要になることがあります。その時期は手術方法にもよりますが4歳ころがめやすになります。口蓋裂の構音障害が出てしまった場合には、4~5歳になると、専門的に発音を治す「構音訓練」ができるようになります。それまでの間は発音の異常を本人に自覚させないようにしながら、ことばを発達させていくことが重要で、言語聴覚士の指示があるまで「発音の言い直し」はさせないようにします。声が鼻に抜ける開鼻声と異常構音の両方がある場合には、まず手術で機能を改善させてから、構音訓練をおこないます。異常構音のみの場合には構音訓練をおこないます。
口蓋裂の異常構音は単に正しい音を聞かせてそれをまねさせるだけでは治りませんので、「系統的構音訓練」という練習方法を使います。まず、音をつくるための口や舌のかたち、息の出しかたなどから教えます。そして正しい音をつくり、それを単語、文章、歌、会話などの状況で徐々に使えるように練習していきます。1週間に1回程度の構音訓練を受け、家で毎日少しずつ復習すると、異常構音の種類や誤り音の数にもよりますが、1~2年で正しい音でおしゃべりができるようになります。
最近の手術結果の報告から構音障害の出現率をみますと、1歳代におこなわれる初回手術により、半数以上の人たちには口蓋裂の構音障害が出現せずに、口蓋裂がない人と同様の発音を獲得することができます。構音障害が出現しても、一部の人たちは自然に治ります。自然治癒がみられない場合には4歳ころから口蓋裂を専門とする言語聴覚士に指導を受ければ、小学校就学ころまでに正しい音が日常会話で使えるようになります。
このようにして定期的に様子をみながら、必要な時期に必要な治療をおこなえば、口蓋裂の構音障害は小学校就学ころまでには改善させることができます。
■先天性鼻咽腔閉鎖不全症による言語障害
先天性鼻咽腔(びいんくう)閉鎖不全症は、鼻咽腔閉鎖機能(ことばが鼻に抜けないようにする機能)に問題が起こります。口の中に口蓋裂(れつ)のようなあきらかなかたちの異常はありませんが、生まれつき軟口蓋の動きがわるい、軟口蓋と咽頭後壁(のどのうしろの壁)までの距離が長いなどがあり、話すときに声やことばが鼻に抜けてしまい、口蓋裂と同じような発音の異常が出ます。すなわち、声が鼻に抜ける開鼻声や、異常構音などがみられます。
治療は口蓋裂とほぼ同様です。開鼻声のみの場合には手術で改善させます。開鼻声と異常構音の両方がある場合には、まず手術をしてから構音訓練をおこないます。
先天性鼻咽腔閉鎖不全症は、一見、口の中のかたちは正常ですので、発見や治療が遅れることがあります。ふつうの赤ちゃんことばでない発音の異常があった場合には、口蓋裂の治療を専門とする病院などで診てもらうことをおすすめします。
■舌小帯短縮症
舌小帯(舌の裏の中央についている筋のようなもの)が短い場合、舌を前方に出そうとすると舌尖(ぜっせん)がひっぱられてハート状になることがあります。従来、「発音の異常は舌小帯が原因である」といわれ、切除手術がおこなわれる場合がまれではありませんでした。しかし、実際には舌先・舌尖が十分に前方に出せない場合でも、発音に影響することは少なく、手術は不要な場合がほとんどです。もし、発音に異常が出るとしても、「ら行音が出しにくい、ら行音がだ行音になりやすい」などがみられる程度です(
舌小帯強直症)。
【参照】顔の病気:
舌小帯短縮症
(執筆・監修:東京大学 名誉教授/JR東京総合病院 名誉院長 髙戸 毅)