肺切除術後の合併症として、頻度は高くないものの重大な結果を招く恐れがある血栓性合併症の予防と治療が重要となる。しかし、こうした問題について日本では、周術期管理で大きな役割を担う麻酔科医による取り組みが十分とはいえない。京都府立医科大学病院病院長の佐和貞治氏らは、過去36年間における肺切除後の肺静脈血栓症、臓器梗塞の症例報告67例を後ろ向きに解析。好発時期および高リスク部位を明らかにし、高リスク例への対応策などをまとめ、J Anesth(2024年8月10日オンライン版)に発表した。(関連記事「肺葉切除術で翌日退院を目指す方法」)
2010年以降、術後合併症の報告が増加
近年、肺がんや転移性肺腫瘍に対する肺切除術では、胸腔鏡下手術(VATS)、ロボット支援胸腔鏡下外科手術などの低侵襲手術が普及している。一方で2010年以降、術後合併症として肺静脈血栓症や脳梗塞などの報告が増加しており、主な原因は肺静脈切除断端における血栓形成とされる。
血栓形成の原因は、血流の停滞や血液凝固能の亢進であるため、硬膜外カテーテルの配置・除去のタイミングは特に考慮すべきだ。しかし血栓形成と梗塞の問題に関し、周術期管理で重要な役割を果たす麻酔科医の取り組みは十分とはいえない。
こうした背景の下、佐和氏らは1989~2024年にPubMedに登録された肺切除術後に血栓性合併症を発症した症例報告46報・67例(平均年齢67.2±10.0歳、男性39例)を対象に、肺手術で高リスクとなる手術部位、術後発症形態、発症日の傾向などを後ろ向きに解析。総説とともに、麻酔科医の対応について文献的考察を行った。
術後5日以内の脳梗塞発症が多い
術後合併症の内訳は、脳梗塞が35例(52.2%)で最も多く、次いで肺静脈血栓症が17例(25.3%)、腎梗塞が8例(11.9%)、急性四肢または腕の虚血が4例(6.0%)、脾梗塞が3例(4.5%)の順だった。
肺切除部位は、左上葉が47例(70.1%)と顕著に多く、左下葉が8例(11.9%)、右下葉が5例(7.5%)、右上葉が4例(6.0%)だった。2004年ごろから肺葉切除後の脳梗塞が増加しており、36例は日本の報告だった。
肺切除術から虚血性イベント発生日までの期間は、術当日から40年まで広範にわたった。脳梗塞の発症は大半が20日以内で、特に5日以内が多かった(中央値5日、25~75パーセンタイル値2~53.8日、図)。
図.肺葉切除術後の虚血性イベント発生日までの期間
(京都府立医科大学プレスリリースより)
以上から、佐和氏らは「左上葉切除と脳梗塞発症に強い関連が見られ、術後から発症までの期間は短い例が多かった。これは、左上葉の肺静脈切除断端は他の部位より有意に長くなる傾向があり、術後早期に血栓が形成されやすいためと考えられる」と結論。欧州局所麻酔・疼痛治療学会(ESRA)のガイドラインでは、VATS施行時に硬膜外麻酔の使用を推奨していないことから、同氏らは「肺葉切除術後は早期の抗凝固療法の適応検討が必要である。硬膜外麻酔はその妨げとなるため、硬膜外麻酔以外の鎮痛方法を優先することが重要だ」と提唱している。
(編集部・小暮秀和)