非弁膜症性心房細動における直接経口抗凝固薬の有効性と安全性の地域差(アジア地域と非アジア地域)を明らかに 公立大学法人 名古屋市立大学
米国臨床薬理学・治療学雑誌「Clinical Pharmacology & Therapeutics」電子版に
2023年3月2日(米国東部時間)掲載
名古屋市立大学大学院薬学研究科の頭金正博教授、安部賀央里講師は、システマティックレビュー※1、メタ回帰分析※2により、非弁膜症性心房細動患者における直接経口抗凝固薬(DOAC)※3の有効性と安全性ついて、アジア地域と非アジア地域の民族差(地域差)を明らかにしました。既報の複数の臨床試験データを用いて多変量メタ回帰を実施し、試験ごとの患者背景を調整したところ、ワルファリン※4に対するDOACの有効性には地域差がみられ、非アジア地域に比べてアジア地域でDOACの優越性が高いことが確認されました。一方で、安全性においては、患者背景を調整すると地域差はみられませんでした。
本研究成果は、米国臨床薬理学・治療学雑誌「Clinical Pharmacology & Therapeutics」電子版に2023年3月2日(米国東部時間)に掲載されました。
【背景】
心房細動患者における心原性脳塞栓症の予防として抗凝固薬が使用されており、長年使用されてきたビタミンK拮抗薬であるワルファリンに対して、2011年以降、直接経口抗凝固薬(DOAC)と呼ばれる新薬が開発され、広く臨床使用されています。DOACはワルファリンと異なる作用機序を持ち、食事や併用薬、遺伝子多型等による影響が小さく、またモニタリングや用量調節が不要です。DOACの開発では、ワルファリンを対照薬とし、非弁膜症性心房細動患者を対象とした大規模国際共同試験が実施されています。そして、これらの臨床試験のメタアナリシス※5から、DOACはワルファリンに比べて有効性及び安全性は同等または優れていることが報告されています。また、ワルファリンの有効性と安全性に関するアジア人と非アジア人の民族差や、脳梗塞の発症自体の民族差が知られています。そのため、DOACの開発においても民族差は注目されていますが、患者背景を考慮した十分な検討はなされていません。
【研究の成果】
本研究は、ワルファリンに対するDOACの有効性と安全性について、アジア地域と非アジア地域を比較することで、民族差(地域差)を明らかにしました。現在発売されている4種類のDOAC(ダビガトラン、リバロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)について、医薬品医療機器総合機構が公表している申請資料概要及び審査報告書、PubMed、EMBASE、医中誌から非弁膜症性心房細動患者を対象とし、ワルファリンを対照薬としたランダム化比較試験を網羅的に収集しました。独立した2人以上のレビュアーにより研究目的の条件を満たす試験結果を抽出しました。有効性に関する評価項目は脳卒中/全身性塞栓症、出血性脳卒中、虚血性脳卒中とし、安全性に関する評価項目は大出血、消化管出血、頭蓋内出血としました。収集した複数のランダム化比較試験の結果をメタアナリシスにより統合し、各評価項目についてワルファリンに対するDOACのリスク比を算出することで、全体の傾向や、地域の違い(アジア地域と非アジア地域)を調べました。また有効性と安全性の結果に影響を与える患者背景因子を調整するために、多変量メタ回帰分析を行いました。
対象となった11試験の結果を統合したところ、地域に関係なく脳卒中/全身性塞栓症、出血性脳卒中、大出血において、DOACはワルファリンに対して有意に優越性を示しました。また、その優越性は非アジア地域に比べてアジア地域で有意に高いことが確認されました。さらに、多変量メタ回帰分析により患者背景を調整したところ、有効性の評価項目である脳卒中/全身性塞栓症のリスク比は、有意に地域の影響を受けることが示唆されました。一方、安全性の評価項目では地域の影響が見られなかったことから、患者背景に起因するみかけ上の差である可能性が示唆されました。これらの結果から、ワルファリンを用いる従来療法に比べDOACによる治療効果は、非アジア地域に比べてアジア地域の方が高いと考えられます。
図:ワルファリンに対するDOACの有効性と安全性における地域差の比較
【研究のポイント】
・非弁膜症性心房細動患者において、ワルファリンに対するDOACの有効性、安全性は地域によらず高いことが確認された。
・有効性の評価項目である脳卒中/全身性塞栓症について、ワルファリンに対するDOACの有効性は、患者背景を調整したところ、非アジア地域に比べてアジア地域で高いことが確認された。
【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】
本研究ではシステマティックレビューを実施し、メタアナリシス、メタ回帰分析により、ワルファリンに対するDOACの有効性と安全性について地域差(アジア地域と非アジア地域)を明らかにしました。DOACの開発では大規模な国際共同試験が実施されており、欧米諸国に加えて、日本を含む多くのアジア諸国が参加しました。一方、抗凝固療法において、ワルファリンによる出血リスクや脳梗塞の発症頻度の民族差や医療環境の地域差が知られており、アジア地域の特性を考慮する必要があります。このような民族差(地域差)が国際共同試験ではバイアスの1つとなることが懸念されるため、今後、アジア地域を含む国際共同試験において、本研究は民族差(地域差)を考慮する手法の1つとして役立つことが期待されます。
【用語解説】
※1 システマティックレビュー:ランダム化比較試験などの質の高い複数の臨床研究を系統的、網羅的に収集し、複数のレビュアーが独立して一定の基準や方法に基づいて調査する。収集した情報を批判的に吟味し、分析・統合を行う体系的レビュー。
※2 メタ回帰分析:メタアナリシスの1つであり、目的変数と説明変数の間に式を当てはめ、目的変数が説明変数によってどれくらい説明できるのかを定量的に分析する手法。
※3 直接経口抗凝固薬(DOAC):直接トロンビンまたは第X因子を阻害する抗凝固薬。ダビガトラン、リバロキサバン、アピキサバン、エドキサバンの4種類が販売されている。
※4 ワルファリン:ビタミンKが関与する血液凝固因子を抑制する抗凝固薬。古くから血栓塞栓症治療や予防薬として使用され、投与量を調節することで安全かつ有効に使用できる。
※5 メタアナリシス:様々なバイアスの影響を評価し、複数の研究結果における介入の効果や要因暴露への影響を推定し、統計手法を用いて定量的に評価する。
【研究助成】
本研究は 厚生労働科学研究費(20KC2010)、JSPS科学研究費若手研究(JP20K16050)の支援により行われました。
【論文タイトル】
Comparison of Efficacy and Safety of Direct Oral Anticoagulants and Warfarin between Patients in Asian and non-Asian Regions: A Systematic Review and Meta-Regression Analysis
【著者】
安部賀央里(名古屋市立大学大学院薬学研究科)筆頭著者
秋田彩佑(名古屋市立大学薬学部)
魏捷(名古屋市立大学大学院薬学研究科)
吉井優花(名古屋市立大学薬学部)
大西真由(名古屋市立大学薬学部)
頭金正博(名古屋市立大学大学院薬学研究科)責任著者
【掲載学術誌】
学術誌名:Clinical Pharmacology & Therapeutics
DOI番号:10.1002/cpt.2881
【研究に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 大学院薬学研究科 教授 頭金 正博
名古屋市瑞穂区田辺通3-1
TEL:052-836-3778 FAX:052-836-3779
E-mail:tohkin@phar.nagoya-cu.ac.jp
【報道に関する問い合わせ】
名古屋市立大学 総務部広報室広報係
名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1
TEL:052-853-8328 FAX:052-853-0551
E-mail:ncu_public@sec.nagoya-cu.ac.jp
(2023/03/13 15:47)