厚生労働省で議論されている「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策に関する検討会」(以下、厚労省検討会)では、自費診療で取り扱っている正常分娩について分娩料の負担軽減や少子化対策などを理由に、保険適用とすることなどが議論されている。これに対し日本産婦人科医会は12月11日、東京都で開かれた記者懇談会で、分娩料の負担軽減に賛成するものの、分娩には保険適用とはならない妊産婦のモニタリングなどの医療行為も多いと指摘。少子化対策という美名の下に拙速な制度変更に反対の意を表した。

疑義を唱えるのは医師だけではない

 現在、正常分娩は自費診療として取り扱われている。これには旧厚生省の審議会で丁寧な議論を積み重ねて定められた経緯がある。しかし、昨年(2023年)12月に閣議決定されたこども未来戦略を踏まえ、厚労省検討会は今年6月に初会合を開催。「2026年度を目途に、出産費用(正常分娩)の保険適用の導入を含め、出産に関する支援等の更なる強化について検討を進める」という。

 これに対し、日本産婦人科医会は「"少子化対策"という美名の下に、あまりにも拙速に制度変更することに反対の意を表する」としている。保険適用の導入および少子化対策との関連性に疑義を唱えるのは、医師だけではないようだ。厚労省検討会においても、「保険適用イコール出費が減るとのイメージだけで期待している人が多いのではないか。3割負担と現在の出産育児一時金を天秤にかけると、保険適用により損をする人もいるのではないか」(妊婦の声を代表する構成員)、「出産費用の保険適用が受益者である国民のメリット、また少子化対策への貢献にどうつながるかを明確にする必要がある」(保険者側の構成員)などの意見が挙がった。

医療安全の観点から医療者の労務時間が増え人件費増

 出産育児一時金については、創設された1994年の30万円から徐々に引き上げられ、昨年4月には原則50万円が支給されている(全国平均の分娩料48万2,294円を参考)。

 一方、正常分娩による入院から退院までの出産原価の算出は、出産人件費(各職種の労務時間×各職種の人件費)+安全費用+直接経費(分娩1件当たりの使用機材などの費用)+間接経費(施設運営に係る費用)で求められる。また出産費用は、出産原価×(1+利益率)で算出される。

 日本産婦人科医会医業推進部会の角田隆氏によると、出産原価のうち出産人件費が特に増加しており、2020年に比べ昨年における医師の人件費は80.8%、助産師は66.6%、看護師は38.7%それぞれ増加しているという。これに准看護師、管理栄養士を加えると、出産人件費は48.0%の増加率となる。また物価高騰や円安などのあおりを受け、直接経費は8.5%増となった。

 なお人件費の増加は、医療安全の観点から分娩監視装置によるモニタリングが向上したことにもよる。現在、ベッドサイドに行かずとも施設内のあらゆる場所でもモニタリングできるようになり、医療者の労務時間も増えた。こうしたモニタリングを含め、分娩には保険適用が認められていない医療行為が現時点で数多く含まれている。

 厚労省検討会で構成員を務める日本産婦人科医会副会長の前田津紀夫氏は、妊婦の経済的負担の軽減は少子化対策として重要とした上で「その施策が周産期医療の安全性を損なうものであってはならない」と強調した。

2023年時点の赤字施設は42.4%

 前述のように出産原価が増加する一方、医療機関の利益率は高いとは言い難い。日本産婦人科医会と日本医師会総合政策研究機構の産科診療所の特別調査(対象:分娩を取り扱う医療法人191施設)では、2023年度経常利益率が0%未満の赤字施設は42.4%と、極めて厳しい経営状況にある。経営の悪化は、物価高騰などにより医業費用が増加する都市部と人口減少が著しい地方部ともに認められている。

 そのような背景などから、分娩の約半数を担う有床診療所は毎年3~5%減少し、加えて施設の集約化が進むと総合周産期母子医療センターが低リスク分娩も取り扱うことになる。医師の働き方改革が実施され人員が求められる中で、さらに増やすことは容易でない。同じく厚労省検討会で構成員を務める日本産科婦人科学会常務理事の亀井良政氏によると、現に母体・胎児集中治療室(MFICU)への医師配置に関する施設基準を満たせないセンターが存在し、最後の砦としての機能維持が難しくなっているという。

社会保障の問題であり短期間で保険適用の導入を決めるべきでない

 出産育児一時金の財源は保険財源から給付されている。もし正常分娩にも保険が適用された場合、分娩料の7割は保険財源で給付することになるが、財源不足を考慮すると同じ財源から分娩料と出産育児一時金の両方が給付されるとは考えにくい。この点については、厚労省検討会でも「二重給付とならない対応が当然必要」との指摘がある。

 同じく厚労省検討会で構成員を務める日本医師会常任理事の濱口欣也氏は「社会保障の問題なので、短期間で保険適用の導入を決めるようなことがあってはならない。導入することで妊産婦や国民、医療機関にとってよりよい制度とならないのであれば、無理に進める必要はない」と述べた。

(編集部・田上玲子)