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スボレキサントによる入院中のせん妄発症抑制を検討する無作為化臨床試験

学校法人 順天堂
 順天堂大学医学部附属練馬病院メンタルクリニックの八田耕太郎 教授を含む共同研究グループは、オレキシン受容体拮抗薬スボレキサントによるせん妄予防の第III相試験の成果を報告しました。高齢化社会の進行とともに益々増加するせん妄に対して、スボレキサントによる発症抑制の第III相試験は世界初で、全国50施設が参加しました。その結果、スボレキサント投与によりせん妄の発症は低い傾向が認められましたが、プラセボに対して統計的な有意差は認められませんでした。しかしながら、追加解析の結果、特に手術や治療の妨げとなって問題になる過活動型および混合型せん妄は、スボレキサント投与により発症が低い結果でした。この点は、今後の実臨床に大きな影響をもたらすと見込まれます。本論文はJAMA Network Open 誌のオンライン版に2024年8月16日付で公開されました。


■ 本研究成果のポイント
オレキシン受容体拮抗薬スボレキサントによるせん妄予防の第III相試験を実施

せん妄発症の抑制の傾向が見られたが、有意差はなかった

事後解析により、特に手術や治療の妨げとなる過活動型および混合型せん妄の予防効果が示唆された


■ 背景
 社会の高齢化に伴って増加している認知症と並んで、せん妄(*1)の増加は著しい。75歳以上の入院患者の1/3以上に発症し、手術や治療を妨げる。さらに、転倒・転落、認知症発症、生命予後短縮の明らかなリスクであり、入院期間を延長させ、医療費を押し上げる(図1)。このため予防の重要性が認識され、脱水、低酸素症、低栄養などせん妄のリスク因子への対応がなされてきたが、薬物療法による予防は発展途上である。研究グループは、せん妄発症には睡眠・覚醒リズムの障害が必発であることに着眼し、覚醒維持を調節するオレキシン(*2)を夜間遮断して睡眠・覚醒リズムを整え、せん妄を予防するという仮説を発想した。今回、不眠症に適応をもつ医薬品でオレキシン受容体拮抗薬であるスボレキサントを就寝前に投与してせん妄発症抑制効果を検証することを目的に、臨床試験を実施した。

■ 内容
 本研究は、MSD株式会社が治験依頼者となり、プラセボ対照二重盲検無作為化第III相試験として2020年10月から2022年12月に全国50の病院が参加して実施された。急性疾患または予定手術で入院する高齢日本人のうち、軽度認知機能障害あるいは軽度認知症、またはせん妄既往のあるせん妄高リスクの患者を対象とした。参加者をスボレキサント15mgあるいはプラセボに1対1で無作為に割付けて、入院5~7日まで就寝前に投与した。主要評価項目は米国精神医学会の診断基準DSM-5によるせん妄の発症とした。
 101名(男性52名、女性49名、平均年齢81.5歳)にスボレキサントを、102名(男性45名、女性57名、平均年齢82.0歳)にプラセボを投与して観察した結果、スボレキサント群のせん妄発症は16.8% (17/101)であったのに対して、プラセボ群のせん妄発症は26.5% (27/102)であった(差の推定値 -8.7 [95%信頼区間 -20.1, 2.6], P=0.13)。有害事象の発現は両群で同様であった。せん妄のサブタイプ別の追加解析では、低活動型(*3)の発症は両群で同程度であったのに対して(スボレキサント群5.9% [6/101]、プラセボ群 4.9% [5/102])、過活動型(*4)+混合型(*5)の発症はプラセボ群と比較してスボレキサント群で低かった(スボレキサント群10.9% [11/101]、プラセボ群21.6% [22/102]、差の推定値 -10.7 [95%信頼区間-21.2, -0.6], P=0.038)。欠測の影響を評価するために補足的に行った生存時間解析の手法による解析でも、同様の結果が得られた(100人・日あたりの過活動型+混合型せん妄発症率はスボレキサント群で1.6、プラセボ群で3.3、ハザード比0.48[95%信頼区間0.23、0.99]、P=0.04)。
 以上、せん妄高リスクの高齢入院患者において、スボレキサントのせん妄予防効果は、低活動型を含むせん妄全体では抑制しつつも有意差に至らなかったが、追加解析により過活動型および混合型ではせん妄抑制効果が示唆された。

■ 今後の展開
 今回、手術や治療の妨げとなる過活動型および混合型のせん妄発症をスボレキサントが抑制することが示唆されました。このことは、スボレキサント投与での睡眠・覚醒リズム障害を改善することがせん妄予防につながったと考えられます。さらに、今後、せん妄の病態機序のうち今回の睡眠・覚醒リズム障害に加えて炎症や酸化ストレスも絡めた薬物療法の展開を考えています。せん妄を1回でも予防できればその分、認知症発症の減速や医療費の節減に貢献できると見込まれ、社会貢献の高い領域です。

図1:せん妄の発症と転帰
身体疾患や手術による生理学的異常、アルコールなどの物質や薬剤が直接因子となって発症し、転倒・転落、認知症発症、生命予後短縮、入院期間の延長、医療費増大といった負のスパイラルを呈する。このため予防が重要で、これまでに脱水、低酸素症、低栄養などのせん妄リスク因子への対応を体系化した非薬物的介入が実装されている。一方、薬物療法による予防は発展途上にある。

■ 用語解説
*1 せん妄:覚醒度の低下とその時間的な変動、幻覚の出現などの認知の変化を特徴とし、身体疾患や手術による生理学的異常、アルコールなどの物質や薬剤が発症の直接因子となる。
*2 オレキシン:視床下部外側野で産生される神経ペプチドで、覚醒維持などに関わる。
*3 低活動型せん妄:興奮を伴わず、活動性が低下してうつと間違われやすい。
*4 過活動型せん妄:興奮を伴い、手術や治療・看護行為の妨げとなるため、実臨床で常に問題になる。
*5 混合型せん妄:過活動型と低活動型の両方の要素をもつ。

■ 研究者のコメント
 本試験ではプライマリーエンドポイントであったせん妄全体の発症抑制は達成できなかったものの、手術や治療・看護行為を妨げて臨床現場で大きな問題となる過活動型や混合型のせん妄をスボレキサントが発症抑制することが示唆され、睡眠・覚醒リズム障害を標的に取り組んできたせん妄予防戦略をさらに前進させるものになりました。引き続きこの研究戦略を展開して、患者・医療者双方にとって安全な医療現場を構築していきたい。(八田耕太郎)

■ 原著論文
本研究はJAMA Network Open誌のオンライン版に2024年8月16日付で公開されました。
タイトル:Suvorexant for reduction of delirium in older adults after hospitalization: a randomized clinical trial
タイトル(日本語訳):スボレキサントによる入院中のせん妄発症抑制検討する無作為化臨床試験
著者:Kotaro Hatta 1, Yasuhiro Kishi 2, Ken Wada 3, Takashi Takeuchi 4, Toshihiro Taira 5, Keiichi Uemura 6, Asao Ogawa 7, Kanae Takahashi 8, Asako Sato 8, Masayoshi Shirakawa 8, W. Joseph Herring 9, Ichiro Arano 8, for the suvorexant 085 study group
著者(日本語表記):八田耕太郎1)、岸泰宏2)、和田健3)、竹内崇4)、平俊浩5)、上村恵一6)、小川朝生7)、高橋香苗8)、佐藤麻子8)、白川将義8)、W. Joseph Herring9)、新野伊知郎8)
著者所属:1) 順天堂大学大学医学部附属練馬病院、2) 日本医科大学武蔵小杉病院、3) 広島市立広島市民病院、4) 東京医科歯科大学病院、5) 福山市民病院、6) 斗南病院、7) 国立がん研究センター東病院、8) MSD株式会社、9) Merck & Co.,Inc.
DOI: 10.1001/jamanetworkopen.2024.27691

本研究は、MSD株式会社により多施設共同にて実施されました。
本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。
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