医学生のフィールド

医学生が製薬マネー調査に携わって感じたこと
~溝上希(広島大学医学部医学科3年)~ 学生インターンシップ 体験レポート

医療ガバナンス研究所の先生方やインターンの学生たち 一番右が溝上さん

医療ガバナンス研究所の先生方やインターンの学生たち 一番右が溝上さん

 ◇製薬会社と医師との利害関係を作る「製薬マネー」

 皆さんは「製薬マネー」の存在をご存じでしょうか?製薬マネーとは、簡単にいうと製薬会社や医療系企業が医師個人に支払ったお金のことです。製薬会社は「講師謝金」や「原稿料」、「コンサルタント料」など、さまざまな形で、医師個人にお金を支払っています。臨床現場で実際に治療に携わる医師の立場からアドバイスの対価として支払われるお金ではありますが、製薬会社や医療系企業と医師との間に利害関係を生み出していることも事実です。

 本来、医師は患者さんのことを第一に考えるべきです。医の倫理に関する授業で教わったように、医師の道徳律とされる「ヒポクラテスの誓い」では、「医師は常に患者の利益になると思う治療法を選択しなければならない」とされています。では、もし製薬会社から不当に多額の金銭を受け取っていた医師がいたとしたら、その医師はどのような行動を取ってしまうのでしょう。米国カルフォルニア大学のColette DeJongらによる研究で、製薬会社から食事を提供された医師とそうでない医師の処方パターンを比較調査したところ、日本円で2,000円ほどの食事であっても、提供を受けた特定の製薬会社の薬の処方が増加するという結果が出ています。私は、製薬会社や医療系企業と医師との関係が適切かどうかを判断するには、金銭の授受がわかる形で公開し、透明性を高めることから始まると思います。

 ◇製薬マネーデータベースの整備に日本は遅れている

 私は、2021年春、医療ガバナンス研究所の学生インターンとして「製薬マネーデータベース」の調査に携わりました。日本では、2016年に市民ジャーナリズム探査報道メディアTansaと医療ガバナンス研究所が共同で、「製薬マネーデータベース」を公開するまでは、製薬会社から医師への支払い情報を総括して公開するデータベースがありませんでした。一方、米国では2013年から法律により、製薬会社から医師への10ドル以上の支払いは、医師の個人名とともに情報公開することが義務付けられ、公的機関やジャーナリズム組織が作成するデータベースによって支払額が開示されています。少額であっても法律によって金銭のやりとりの開示が義務付けられ、公的機関が積極的にデータベースを作成する米国に比べ、日本の製薬マネーをとりまく現状がいかに遅れているのかがわかります。

 「製薬マネーデータベース」は、各製薬会社が自社のホームページ上で一般公開している医療関係者への支払い情報に基づいて作成されます。こうした支払い情報には、主に医療関係者の名前や所属(団体や施設名、所属、役職)、特定の医師に製薬会社から支払われた金額とその名目が記載されています。それらの情報を統合し、エクセルデータにまとめたものです。私が携わったのはそのデータの「同姓同名チェック」で、複数の製薬会社が公表している医療者が、同一人物か同姓同名の別の人物かを、所属情報を頼りに調べるというデータベースの信頼性に関わる重要な仕事です。約22万もの名前が羅列してあるエクセルデータを13人で分担、所属病院のホームページやインターネット上に公開されている院内誌を調べ、出身大学や卒業年月日、顔写真をKAKEN等の論文の著者名から再度確認する必要があり、かなり地道で根気を要します。私は30時間ほどかけて、1万5,000件の支払いデータの同姓同名チェックを行いました。

 ◇憧れていた医師像とはかけ離れている現実

 作業のほとんどは遠隔で行われ、広島にいながら今までの大学生活とは全く違う、自分の将来に対しても社会に対しても有意義な調査に携わることができたと感じます。また、このインターンシップを通して、バイトや遊びと少しの試験勉強で片付いてしまう大学生活では教わることのない、医療界に存在するリアルな社会問題を考えるきっかけとなりました。一部の医師個人に対してこんなにも民間企業からお金が支払われていること、そして、Tansaと医療ガバナンス研究所が整理するまで、こうした個人でやりとりされている支払い情報の透明性が低かったことに正直たいへん驚きました。さらに、製薬マネーについて、大学の授業で取り扱われたり、学友との話題にあがることが今までになく、医師を目指す自分がこの事実を知らなかったことに恥ずかしさを覚えると同時に、私が憧れてきた「医師」と大きく乖離(かいり)している現実が存在することに衝撃を受けました。イデオロギーやお金に左右される必要がない職業に就きたいと思って目指した医師でしたが、「そんなきれい事ばかり言ってられない」というオトナを目の当たりにするかのようでした。

 多くの医師が患者さんを第一に考えて仕事に従事しているなか、患者さんの治療に悪い影響をもたらす可能性のある不当な「製薬マネー」の授受が見逃されている状況は決して許されるべきではないと思います。
「製薬マネーデータベース」という存在が、今後の「製薬マネー」の抑止力となり、私が4年後に飛び込む医療界が隠し事のない、堂々と胸を張って仕事のできる場所となることを願っています。そして、私自身、初心を忘れることなく、目の前の患者さんにしっかりと向き合う医師になりたいです。(了)


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