グリセロールリン酸が糖鎖の伸長を止めて、がん悪性化に関与している 研究成果は「International Journal of Molecular Sciences」に2022年6月15日に掲載
自然科学研究機構生命創成探究センターの加藤晃一教授(名古屋市立大学/分子科学研究所兼任)、名古屋市立大学薬学研究科の矢木宏和准教授(生命創成探究センター兼任)、名古屋市立大学医学研究科の志村貴也講師、東海国立大学機構糖鎖生命コア研究所の中嶋和紀准教授、千葉大学薬学研究科の川島博人教授、および台湾Academia Sinica のKay-Hooi Khoo博士(生命創成探究センター兼任)らの研究グループは、糖鎖のグリセロールリン酸修飾ががんの悪性度に関わることを明らかにしました。本研究成果は、日本時間2022年6月15日に、オープンアクセス学術誌「International Journal of Molecular Sciences」に掲載されました。
【本研究成果のポイント】
本研究では、糖鎖のグリセロールリン酸(GroP)修飾が、さまざまながん組織において発現すること、さらには、大腸がんの悪性度が高まるにつれて、GroP修飾が亢進していることを見いだしました。GroP修飾が亢進することで、がん細胞の遊走能が高まるなど、GroP修飾ががんの悪性化に関わることも明らかとなりました。こうした成果は、GroP修飾を対象とした、がんの治療法の開発に資するものと期待できます。
【背景】
上皮細胞[注1]の表層に存在するジストログリカンは、長鎖の糖鎖(マトリグリカン)を介して細胞外マトリックス(ECM)[注2]と相互作用し、細胞接着をつかさどっています。マトリグリカンの形成に異常があると細胞接着が損なわれ、筋ジストロフィーが発症することはよく知られています。これまで私たちの研究グループは、マトリグリカンの構造研究の過程で、グリセロールリン酸(GroP)がマトリグリカンの根本の部分に結合した、これまでに知られていない翻訳後修飾の存在を見いだしました。興味深いことに、GroP修飾はあたかもマトリグリカンの伸長をブロックすることで、細胞接着を妨げているかのように見受けられました。一方で、ある種のがん細胞において、マトリグリカンの形成が抑えられると、遊走能が高まることが報告されています。こうしたがん細胞においてGroP修飾が亢進することで、マトリグリカンの形成を阻止している可能性を想定し、GroP 修飾とがんの悪性化の関係を探りました。
【研究成果】
正常組織とがん組織を比較した結果、膀胱、子宮、卵巣、結腸など、いくつかのがん組織では、GroP 修飾が正常組織に比べて高いレベルで生じていることがわかりました。特に大腸がんにおいて、悪性度が進むにつれて、GroP修飾の度合いが高まっていることを明らかにしました。
GroP修飾はCDP-Groを原料としていると考えられるので、バクテリアにおいてCDP-Groを合成する酵素をヒト大腸がん細胞株の中で過剰発現させることで、GroPの発現量を亢進させた細胞株を樹立しました。このがん細胞は、細胞増殖には影響が認められないものの、細胞の遊走能が亢進していました。このことから、GroP修飾はマトリグリカンの形成を阻害して細胞外基質との相互作用を失わせ、その結果、がん細胞の遊走が活性化しているものと考えられます。
さらには、ヒトにおいてPcyt2[注3]がCDP-Groの合成酵素であることを明らかにしました。興味深いことに、大腸がん組織においてGroP修飾とPcyt2の発現には、高い相関がみとめられました。
【成果の意義および今後の展開】
本研究の成果は、がんにおいてはPcyt2が高発現することでCDP-Groの合成量が上昇し、それによってGroP修飾が亢進してマトリグリカンの伸長が止められていることを示しています。マトリグリカンの形成が損なわれると、がん細胞はECMの束縛を離れて遊走能を獲得する、すなわち悪性度が高まることになります(図)。
このことは、がんの治療においても意味を持ちます。GroP修飾が亢進することでがん細胞の悪性化を引き起こしているのであれば、これを阻害することでがん転移を抑制することが期待できます。本研究で同定したPcyt2のようにGroP修飾の形成に関わるタンパク質は、創薬のターゲットになり得ます。また、GroP修飾を標的とする抗体は、がん治療のための抗体医薬へと発展していく可能性を秘めています。
このように、本研究の成果は、がんに対する治療法の開発に資するものと期待されます。
図:がんにおいてGroP を合成するPcyt2の発現が増すことでGroP修飾が亢進し、マトリグリカンの形成が損なわれる。これにより、がん細胞は細胞外マトリックスからの束縛を離れて遊走能を獲得する。
[用語解説]
・上皮細胞[注1]:動物の組織の表面を形作る細胞であり、シート状の層状構造を形成する。上皮細胞は細胞外マトリックスとの相互作用を介して間質細胞上につなぎ留められている。
・細胞外マトリックス[注2]:上皮細胞層と間質細胞層などの間に存在する薄い膜状をした基底膜を形成しており、コラーゲンやラミニンなどから構成される。
・Pcyt2[注3]:グリセロールリン酸とシチジン三リン酸(CTP)を基に、GroP修飾の原料となるCDP-Groを合成する酵素。
[研究グループ]
本研究は、名古屋市立大学、自然科学研究機構、藤田医科大学、東海国立大学機構、千葉大学、Academia Sinicaが参加した共同研究です。
[研究サポート]
本研究は、AMED-Primeの課題番号JP21gm6410010、JST, CREST, JPMJCR21E3、科学研究費補助金 基盤研究(JP20K21495, JP21H02625)および新学術領域研究(JP17H06414)等の支援を受けて実施されました。
【掲載される論文の詳細】
掲載誌:International Journal of Molecular Sciences
題目:Cancer malignancy is correlated with up-regulation of PCYT2-mediated glycerol phosphate modification of α-dystroglycan
著者:梅澤芙美子(名古屋市立大学、生命創成探究センター、分子科学研究所)、夏目まこと(名古屋市立大学)、福定繁紀(名古屋市立大学)、中嶋一紀(藤田医科大学、東海国立大学機構)、山崎 郁弥(千葉大学)、川島博人(千葉大学)、Chu-Wei Kuo(Academia Sinica)、Kay-Hooi Khoo(生命創成探究センター、Academia Sinica)、志村貴也(名古屋市立大学)、矢木宏和(名古屋市立大学、生命創成探究センター)、加藤晃一(名古屋市立大学、分子科学研究所、生命創成探究センター)
DOI:10.3390/ijms23126662
【お問い合わせ先】
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自然科学研究機構 生命創成探究センター/分子科学研究所
教授 加藤 晃一
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名古屋市立大学大学院薬学研究科
准教授 矢木 宏和
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(2022/06/20 08:30)