医学部・学会情報

脊椎動物の水から陸への進出にともなう肺の進化を世界で初めて解明 東京慈恵会医科大学、東京大学大学院理学系研究科、北九州市立自然史・歴史博物館、リオデジャネイロ州立大学

 東京慈恵会医科大学 解剖学講座 辰巳徳史講師、岡部正隆教授、リオデジャネイロ州立大学 Zoologia-IBRAG講座Camila Cupello講師、Paulo M. Brito教授、東京大学大学院理学系研究科 平沢達矢准教授、北九州市立自然史・歴史博物館 籔本美孝名誉館員らのグループは、脊椎動物が水中から上陸に際して肺の形態を非対肺から対肺へと変化させていたことを世界で初めて明らかにしました。

 本研究により、これまで化石記録などはわからなかった肺の進化の詳細について、現存生物を用いることにより肺の表面積の拡大、換気効率の向上、容積の拡大など陸上での呼吸がより効率的になったことが明らかとなりました。今後の水中から陸上へと続く脊椎動物の進化をひもとく研究につながることが期待されます。

 本研究成果は2022年7月26日に「eLife」に掲載されました。

 研究のポイント

・現存する水中で生活する肺をもつ魚である硬骨魚ポリプテルス、肺魚、シーラカンス、陸生の両生類に対し、シンクロトロン放射光X線を用いて詳細な肺の3次元画像を取得、解析しました。

・その結果、水中型の非対肺では気管が右肺にのみつながっており、左肺は右肺から分岐していました。一方、陸上型の対肺では気管が左右の肺とつながっていました。

・脊椎動物が進化により水から陸へ上陸する際に、肺の形態を非対肺から対肺へと変化させ、呼吸が効率的になっていたことが明らかになりました。

  メンバー
・東京慈恵会医科大学 解剖学講座 教授 岡部正隆 
・東京慈恵会医科大学 解剖学講座 講師 辰巳徳史
・ブラジル リオデジャネイロ州立大学 Zoologia-IBRAG講座 教授 Paulo M. Brito 
・ブラジル リオデジャネイロ州立大学 Zoologia-IBRAG講座 講師 Camila Cupello 
・東京大学 大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 准教授 平沢 達矢 
・北九州市立自然史・歴史博物館 名誉館員 籔本美孝

 研究背景
 地球上の生命は約38億年前に水中で誕生し、それまで水中でのみ生活していましたが約4億年前に脊椎動物が上陸を果たしました。水中から陸へという異なる生活圏への適応は身体の機能、構造に大きな変化を必要とし、世界中の研究者が進化過程の解明について研究してきました。大気から酸素を取り入れる臓器である肺もその形態、機能を大きく変化させたことが想像されます。

 我々ヒトの肺は胸腔内に左右二つあり、それぞれが気管支により1本の気管へと接続されています。しかし肺などの軟組織は化石としてほとんど残らないため、原始的な肺、陸上進出する前に使われていた肺はどのような形態をしていたか、また肺がどのように進化してきたのかは明らかではありませんでした。

 研究内容

 ブラジル リオデジャネイロ州立大学 Zoologia-IBRAG講座のCupelloらを中心とした研究グループは、現存する水中で生活をする肺を持つ魚(古代魚とも呼ばれている)と陸上生活をする有尾両生類を用いて、それらの肺の形態をシンクロトロン放射光 X 線を用いた詳細な画像解析を行うことで比較しました。その結果、水中で生活する魚では、肺がつながっているのは一つの気管(吸気管)のみで、肺を二つ持つように見える場合は一つの肺が発生過程で二次的に拡張したものであることが分かりました。一方、陸上で生活する有尾両生類の肺はヒトと同じように二つに分枝した気管支が左右の肺に接続する対肺(paired lung)でした。系統図上で比較すると、魚から陸上脊椎動物へ進化した系統で、肺が一つから二つ(対肺)へ変化したと推定されます。この形態進化は、肺の内部の表面積を広げるのに貢献し、陸上での呼吸の効率の向上に結びついたのだと考えられます。

 脊椎動物が水中から陸へと進出する過程で肺が二つに変化したという進化過程は、それらの子孫である現在する陸上脊椎動物の多くが肺を二つ持つことと整合的です。この非対肺から対肺への進化が、陸上での繁栄に結びついた可能性も考えられます。

 今回の研究成果をもとに東京慈恵会医科大学解剖学講座では、非対肺から対肺へと変化した分子メカニズムの解明を進める予定です。

 図:肺はもともと一つで、チョウザメなど多くの魚類では「うきぶくろ」にかわり、両生類になって初めて真の1対の肺(対肺)ができたことが分かりました。©北九州市立自然史・歴史博物館

 原論文情報
 Cupello, C., T. Hirasawa, N. Tatsumi, Y. Yabumoto, P. Gueriau, S. Isogai, R. Matsumoto, T. Saruwatari, A. King, M. Hoshino, K. Uesugi, M. Okabe, and P. M. Brito. 2022. Lung evolution in vertebrates and the water-to-land transition. eLife 11, e77156. https://doi.org/10.7554/eLife.77156

以上


医学部・学会情報