手を振る動き(シェイク運動)が機能回復に及ぼす影響について共同研究を実施 ~脳卒中後の慢性上肢障害患者へのリハビリテーション治療に新たな選択肢を~
東京慈恵会医科大学リハビリテーション医学講座の安保雅博講座担当教授らは、全国5つのリハビリテーション施設とシェイク運動の機能回復に関する共同研究を行いました。ボツリヌス療法を施行しながら各施設に通院している脳卒中後遺症である上肢麻痺で悩まれている各施設から患者93名の外来患者が登録され、シェイク運動装置、「健康ゆすり」(JMH100、株式会社トップラン、東京、日本)の改良装置を使用する介入群と従来のリハビリテーションを受ける対照群との比較検討がされました。本研究は12週間にわたって行われました。
介入群は対照群に比べ、上肢運動機能の指標であるFugl-Meyer評価(FMA)総得点において有意に大きな改善を示しました。脳卒中後遺症の上肢麻痺において中等度の障害を有する患者が介入からもっとも利益を得ました。また、疼痛と手関節関節可動域に改善がみられました。
脳卒中後遺症の中等度慢性麻痺患者において、シェイク運動装置を用いた在宅トレーニング機器が上肢機能を有意に改善したことになります。このアプローチは、訓練の基本である使用依存性可塑性の原則に合致しており、従来のリハビリテーション方法に代わる、実行可能で費用対効果の高い選択肢を提供するものであると認識されました。
本研究は、学校法人東京慈恵会医科大学臨床審査委員会(CRB3180031)により承認されています。また、本研究は厚生労働省臨床試験登録(jRCTs032200164)に登録されています
本研究の成果は、Applied sciences誌に2024年7月19日付けで掲載されました。
【新機器作成に至る経緯】
脳卒中後遺症である上肢麻痺は、発症から時間が経つと麻痺が軽くても重くても機能改善が認められなくなるということが世界の常識になっていました。医療保険下のリハビリテーション治療が介護保険下のリハビリテーション治療に移行する考え方のベースになっているものです。
しかしながら、我々は発症から時間が経っていても適応基準を満たせば、反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)のような非侵襲的脳刺激療法を用いて麻痺が改善することを示し、2012年あたりからマスコミにも大きく取り上げられ、現在では世界のエビデンスとしても認められています。重度の上肢麻痺は残念ながら良い機能改善方法がありませんでしたが、2010年にボツリヌス療法が脳卒中後の上肢痙縮下肢痙縮に保険収載され、良質なリハビリテーション治療と併用することで機能改善に至ることが認識され、ようやく2021年にエビデンスとして日本でも認められてきました。
脳卒中後遺症は長く続くもので多くの方が苦しめられています。そのような状況を少しで改善しようとリハビリテーション治療も継続されている方がたくさんいらっしゃいます。我々は2008年反復性経頭蓋磁気刺激(rTMS)開始をきっかけに、少しずつでも患者の麻痺を良くしようと新しい治療法や訓練法のスキルアップに邁進して成果をあげていますが、脳卒中後遺症は長期にわたるため、患者が日常生活を送りながら、訓練に大切な訓練量を確保することが難しくなってきている事実も無視できない状況になってきました。そのため、テレビを見たり、話をしたりするなどの他の活動をしながら行う、“ながら”でできる良き訓練はできないものかと長い間模索をし、この新機器作成に至りました。
【対象・方法】
<対象>
日本国内の5つの病院で2020年12月から2023年6月までに登録された外来患者としました。参加対象者は、脳卒中の発症が少なくとも6ヵ月前で、20歳以上80歳未満の上肢機能障害のある脳卒中患者で上肢痙縮のために継続的なボツリヌス療法を受けている認知障害がない患者とし、研究内容を十分に説明され、研究内容を十分に理解した上で自発的な同意書を提出した患者を対象としました。93名を対象としました。
<方法・評価>
Aの図のように患者はハンドルバーに手を置き、または握り、装置はテコの原理を利用して振りのような動きを発生させ、患部の手を振ることになります。Bのグラフのように介入群の患者は、自宅で1日3回、1回につき10分間のシェイク運動を毎日おこないました。対照群は、外来リハビリテーションの指導を受けながら、自宅で自己訓練を行いました。両群とも3ヵ月間外来治療を継続し、評価しました。
(図) 麻痺のある被験者の上肢機能に対するシェイク運動と従来の治療法の効果の調べるために計画された本研究の概念図とプロトコル:シェイク運動装置、「健康ゆすり」(JMH100、株式会社トップラン、東京、日本)の改良装置を使用する介入群と従来のリハビリテーションを受ける対照群との比較検討がされました。本研究は12週間にわたって行われました。
【結果】
シェイク運動介入群は対照群に比べ、FMA総得点において有意に大きな改善を示しました。中等度の障害を有する患者が介入から最大の利益を得ていました。痙縮の度合いを評価するMASや関節可動域の測定値に有意な群間差はみられませんでした。シェイク運動介入群では疼痛と手関節ROMに改善がみられました。脳卒中後遺症の中等度慢性麻痺患者において、 シェイク運動を用いた在宅トレーニングが上肢機能を有意に改善しました。
【今後の展開】
我々の今回の研究から解ったことは、脳卒中後遺症である重度中等度の上肢麻痺は、ボツリヌス療法とリハビリテーション治療を継続すると機能改善を認めることはできますが、発症からの時間が経過するなかなか機能改善をすることが困難になってきます。このような状態でありながら、脳卒中後遺症の慢性的な上肢機能障害患者の機能回復を促進するために、シェイク運動装置、「健康ゆすり」を用いた在宅自主トレーニングの使用を支持するエビデンスが得られたことや、これはこれまで報告されていなかった慢性疼痛が軽減した効果も示しました。
介入群におけるFMA-UEスコアの改善はわずかなものでありましたが、対照群と比較して統計学的に有意であり、運動機能のわずかな向上でも、脳卒中生存者のQOLと自立に大きく影響することが示唆されましたので、従来のケア戦略を補う、実行可能で効果的な選択肢を提供するものであり、慢性期脳卒中リハビリテーションの管理に有意義な変化をもたらすと考えます。
今後サンプルサイズを大きくすることにより、脳卒中患者の上肢リハビリテーション治療におけるシェイク運動装置の有効性をより明確にすることにし、ボツリヌス療法を施行していない患者への施行などを含めて、この研究を進めていくことにしています。
本研究の成果は、Applied sciences誌に2024年7月19日付けで掲載されました。
Takuya Hada, Toyohiro Hamaguchi, Masahiro Abo. Impact of Shaking Exercise on Functional Recovery in Patients with Chronic Post-Stroke Upper Limb Impairment: A Multicenter, Open-Label, Quasi-Randomized Controlled Trial. Appl. Sci. 2024, 14, 6295. https://doi.org/10.3390/app14146295
メンバー:
東京慈恵会医科大学 リハビリテーション医学講座
講座担当教授 安保雅博
助教 羽田拓哉
埼玉県立大学 作業療法学科/大学院研究科
教授 濱口豊太
共同研究施設(計5施設):
・東京慈恵会医科大学附属病院
・社会医療法人社団 医善会 いずみ記念病院
・医療法人社団 朋和会 西広島リハビリテーション病院
・医療法人社団行陵会 御所南リハビリテーションクリニック
・医療法人 雄心会 青森新都市病院
(2024/08/08 12:33)