医学部・学会情報

一般市民による心肺蘇生の有効性を、関東42病院の大規模臨床研究データで検証 ~事前の救命講習受講と119番通報時の口頭指導で命と脳が守られる可能性が明らかに~

 日本体育大学大学院博士課程の髙橋治花氏、東京慈恵会医科大学救急災害医学講座の田上隆教授、北野信之介助教らの研究グループは、関東地域の42病院が参加する大規模共同研究「SOS-KANTO 2017」のデータを用いて、病院外で心停止を起こした2,772症例について、近くにいた一般市民による心肺蘇生の有無が、1か月後の脳機能の良好な回復にどのような影響を与えるかを検討しました。

 その結果、心肺蘇生が行われなかった場合、脳に重い後遺症が残らずに回復できた人(神経学的予後良好)の割合は、わずか3.0%でした。一方で、救命講習を受けていなかった市民でも、119番通報時に口頭指導を受けながら心肺蘇生を行った場合には、その割合は7.4%にまで上昇していました。さらに、救命講習を受けており、口頭指導を必要としなかった市民が対応した場合には、25.6%にまで改善が見られました。

 救命講習を事前に受けた市民による心肺蘇生や、救急指令員の電話指導を受けながら行われた心肺蘇生が、脳機能の良好な回復と関連していることが明らかとなりました。本研究成果は、心停止患者の救命率および社会復帰率を高める地域救急医療体制の構築に貢献することが期待されます。

 本研究の成果は、国際学術誌『Resuscitation』電子版(2025 年 4 月 17 日付)に掲載されました。

Takahashi H, Tagami T, Suzuki K, Kohri M, Tabata R, Hagiwara S, Kitano S, Kitamura N, Homma Y, Aso S, Yasunaga H, Ogawa S. 
The Impact of Dispatcher-Assisted CPR and Prior Bystander CPR Training on Neurologic Outcomes in Out-of-Hospital Cardiac Arrest: A Multicenter Study. 
Resuscitation. doi: 10.1016/j.resuscitation.2025.110617. Online ahead of print.

メンバー:

日本体育大学大学院 保健医療学研究科 
● 髙橋 治花(博士課程大学院生)
● 鈴木 健介(教授)
● 郡 愛(研究員)
● 田畑 龍正(博士課程大学院生)

東京慈恵会医科大学 救急災害医学講座   
● 田上 隆(教授、本研究責任著者)
● 北野 信之介(助教)

日本医科大学武蔵小杉病院 救命救急科 
● 萩原 鈴香 (病院救急救命士)

君津中央病院 救命救急センター  
● 北村 伸哉 (副院長)

千葉市立海浜病院 救急科 
● 本間 洋輔 (救急科統括部長)

東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻臨床疫学・経済学 
● 康永 秀生 (教授)

東京大学大学院医学系研究科ヘルスサービスリサーチ講座 
● 麻生 将太郎 (特任准教授)

学校法人日本体育大学
● 小川理郎(危機管理特別顧問)

              研究概要

【背景】

 日本では、病院の外で心停止(心臓が突然止まること)が起こる人が、毎年およそ10万人います。こうした場面で、「近くにいた市民」(バイスタンダー)がすぐに心肺蘇生を行うことは、命を救うためにとても重要です。そのためには、①できるだけ多くの市民が救命講習を受けておくこと、②119番通報のときに救急指令員が電話で心肺蘇生のやり方を教える(口頭指導)しくみが整っていることが必要です。

 これまでの研究では、「救命講習を受けたことがあるか否か」や「医療従事者か非医療従事者か」などのバイスタンダーの背景とその行動が、患者の回復にどのような影響を与えるかについては、十分な調査がなされていませんでした。

 そこで本研究では、一般市民(非医療従事者)が事前に救命講習を受けていたかどうか、また119番通報時に口頭指導による心肺蘇生が行われたかどうかによって分類し、それぞれが心停止となった人の回復にどのように影響しているかを分析しました。

【研究方法】

 この研究は、日本救急医学会関東地方会が関東にある42の病院が協力して実施した「SOS-KANTO 2017 study」という院外心停止患者研究プロジェクトの一つです。

 2019年9月9日~2021年3月8日の18ヵ月間にデータベースに登録された院外心肺停止症例のうち、一般市民(非医療従事者)がその場にいて、心肺蘇生の実施状況が確認できたケース2,772例を対象に、近くにいた市民による心肺蘇生と予後の回復状況の関連性を検証しました。

 以下の5つのグループに分けて、1ヶ月後の生存率と脳に重い後遺症が残らずに回復できた人(神経学的予後良好)の割合を比較しました。

● 心肺蘇生実施なし
● 心肺蘇生実施+救命講習未受講+口頭指導なし
● 心肺蘇生実施+救命講習未受講+口頭指導あり
● 心肺蘇生実施+救命講習受講+口頭指導なし*
● 心肺蘇生実施+救命講習受講+口頭指導あり
*救命講習を受けていて、口頭指導の必要がなかったケースを含む


【結果】

 心肺蘇生を行ったかどうか、また事前に救命講習を受けていたかどうかや119番通報時に口頭指導を受けたかどうかによって、患者さんの回復のしかたに大きな違いがあることがわかりました。

 まず、心肺蘇生がまったく行われなかったグループ(心肺蘇生実施なし)では、1ヶ月後の生存率は6.8%であり、神経学的予後良好な割合は3.0%と非常に低い結果でした。

 一方で、救命講習を受けていなかった市民でも、通報時に口頭指導を受けながら心肺蘇生を行ったグループ(心肺蘇生実施+救命講習未受講+口頭指導あり)では、1ヶ月後の生存率は14.2%、神経学的予後良好な割合は7.4%まで上昇していました。

 さらに、救命講習を受けていた市民が心肺蘇生を行い口頭指導の必要なかったグループ(心肺蘇生実施+救命講習受講+口頭指導なし)では、1ヶ月後の生存率は27.5%であり、神経学的予後良好な割合も25.6%と、いずれも最も高くなりました。


【研究意義】

 この研究から、事前に救命講習を受けていたことや119番通報時に口頭指導があったことによって、脳に後遺症が残らずに回復できる可能性も高くなることがわかりました。

 特に、事前に救命講習を受けた市民が心肺蘇生を行った場合は、通報時に指令員からの口頭指導を必要としなかったグループで最も良い脳機能の回復と高い生存率につながっていました。また、たとえ救命講習を受けていない人であっても、通報時に指令員から電話でやり方を教えてもらいながら心肺蘇生を行った場合は、何もしなかった場合に比べて助かる可能性が大きく高くなることも明らかになりました。特に、自宅で心停止が起きたときは、救命講習を受けた人がその場にいるとは限らないため、口頭指導の重要性はとても高いと考えられます。

【今後の展望】

  心肺蘇生の効果を最大限に引き出すためには、より多くの市民が救命講習を受けることが重要です。さらに、通報時に心停止を的確に認識し、わかりやすく適切な口頭指導を提供できる体制の整備も不可欠です。これらの取り組みにより、社会全体でより多くの命を救うことが可能になると期待されます。


医学部・学会情報