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多職種によるケアの質が家族介護者の介護への向き合い方に影響
~質の高いケアを受けているほど、介護に対する肯定的な認識が高まる~

 東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 松島雅人教授、富田詩織訪問研究員、青木拓也准教授らの研究グループは、在宅療養の高齢患者に提供される「多職種によるケア(医師、看護師、薬剤師、ケアマネージャーなど)」の“質”が、家族介護者の介護への向き合い方に影響を及ぼすことを明らかにしました。家族介護者を対象とした質問紙調査の結果、家族介護者が「質の高い多職種ケアを受けている」と評価するほど、介護に対する肯定的な認識(喜び・満足)を持ちやすく、否定的な認識(孤立感・対処困難感)が一部軽減される傾向が示されました。

 本研究は、2022年11月〜2023年3月、関東地域の6つの無床診療所において、訪問診療または外来診療を受ける65歳以上の患者の家族介護者251名を対象に質問紙調査を実施しました。その結果、多職種によるケアの質の評価が高い家族介護者ほど、介護における愛着・自信・学び・規範の実践といった肯定的認識が高く、周囲からの孤立・被介護者との関係といった否定的認識が一部低下していることが確認されました。

 今回の研究成果は、家族介護者支援において「質の高い多職種によるケア」の重要性を示すものです。今後は多職種によるケアの質だけでなく、多様なケアの量的関係も含め、介護者のQOL(生活の質)向上につながる縦断研究や介入研究への発展が期待されます。本研究の成果はGeriatrics & Gerontology International.誌に掲載されました。本研究は東京慈恵会医科大学 倫理審査委員会の承認(34-151)を受けて実施されました。

メンバー:

・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 教授 松島雅人

・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 訪問研究員 富田詩織

・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 准教授 青木拓也

・筑波大学医学医療系 地域医療教育学 客員研究員 中山元

・東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 臨床疫学研究部 訪問研究員 渡邉隆将

研究の詳細

1.背景

 わが国では急速な高齢化に伴い、慢性疾患を有しながら在宅療養を継続する高齢者が増加しており、彼らの生活を支える家族介護者の役割が一層重要となっています。家族介護者が担うケアは、制度的・財政的側面からも不可欠なケア提供形態でありますが、介護者の心身に与える影響が社会的課題として認識されてきました。従来の研究は、介護負担感(caregiver burden)を中心に介護の否定的側面に焦点を当ててきましたが、近年では、介護によって得られる満足感や成長といった肯定的側面(positive aspects of caregiving)にも注目が集まっています。

 これら介護経験の肯定的・否定的評価は、介護者の主観的健康観やQOL(quality of life)と関連する重要な指標であり、両側面を包括的に評価する必要があります。専門職による多職種連携によるケアは、被介護者本人のみならず家族介護者に対しても支援を行う構造を持ちますが、ケアの「量」ではなく「質(quality)」に着目した研究は限られています。

 本研究では、地域医療機関において家族介護者の視点から評価された多職種によるフォーマルケアの質(J-IEXPAC CAREGIVERSスコア)と、介護に対する認識(PAC(Positive Aspects of Caregiving)およびNAC(Negative Aspects of Caregiving))との関連性を量的に検討しました。

2.手法

 本研究は、日本の関東地域に位置する6つの無床診療所を対象に、2022年11月〜2023年3月の期間に実施された質問紙を用いた横断的観察研究(cross-sectional study)です。対象は、対象期間中に当該診療所で訪問診療または外来診療を受けていた65歳以上の要介護高齢者と、その主要な介護を担う20歳以上の家族介護者としました。300名に質問票を配布し、251名から有効な回答を得ました(回収率84%)。

 主要評価指標として、多職種によるケアの質は「J-IEXPAC CAREGIVERS(Japanese version of the Caregivers' Experience Instrument)」により評価しました。この尺度は、患者および家族介護者に対する多職種によるケアの経験を介護者の視点で評価するものです。

 介護に対する認識は、肯定的側面を「PAC」、否定的側面を「NAC」により評価しました。これらは、それぞれ信頼性および妥当性の検証された日本語版尺度を用い、各下位尺度ごとに0〜100点でスコア化しました。加えて、交絡因子として被介護者・介護者の人口統計学的背景、主観的健康観、精神的健康状態を収集しました。

 解析は、多変量線形回帰分析を用いて実施し、J-IEXPAC CAREGIVERSスコアを四分位化した上で、PACおよびNACとの関連を検討しました。

3.成果

・対象者特性: 介護者の平均年齢は66.6歳、女性が77%を占め、介護対象者は平均年齢86.7歳でした。週あたりの介護時間は0〜40時間が最多でしたが、1日17時間以上介護に従事する介護者も存在し、介護負担の多様性が示唆されました。

・PACとの関連: J-IEXPAC CAREGIVERSスコアが上昇するに伴い、PACスコアも有意に増加する傾向が認められ、量反応関係が確認されました(J-IEXPAC CAREGIVERSスコアが最も低い群(Q1)をReferenceとした偏回帰係数がQ2=6.95, Q3=12.81, Q4=19.71)。すべてのPAC下位尺度(愛着、自信、学び、規範の実践)においても同様の傾向が見られました。

・NACとの関連: J-IEXPAC CAREGIVERSスコアが最も高い群(Q4)においてのみ統計学的に有意な負の関連が観察されました(偏回帰係数=-7.25, 95%CI -13.04 to -1.47)。下位尺度のうち「周囲からの孤立」「被介護者との関係」においても有意な関連が見られました。

4.今後の応用・展開

 本研究結果は、多職種による質の高いケアが、家族介護者の介護経験における肯定的評価の形成、否定的評価の減弱に資する可能性を示しました。これは、家族介護者のレジリエンスや精神的ウェルビーイングを支える基盤として、多職種によるケアの「質」への注目が必要であることを示唆しています。

 今後の展開として、以下が期待されます:

 多職種によるケアの質的評価指標としてのJ-IEXPAC CAREGIVERSの普及および他地域・他疾患群への応用や縦断研究による因果関係の解明や、多職種によるケアの質のみならず、量的側面との相互作用にも着目し、介護者の多様なニーズに対応する地域包括ケアモデルの構築が求められます。

5.脚注・用語説明

 多職種によるケア:医療・福祉・介護等の専門職(医師、看護師、介護支援専門員等)によって提供される制度化されたケア。

J-IEXPAC CAREGIVERS:多職種によるケアにおける家族介護者の経験を評価する日本語版尺度。12項目について5段階評価を行う。

PAC:介護から得られる喜びや満足の認識など介護経験の肯定的側面を評価する尺度。

NAC:介護に伴う辛さや難しさの認識など介護経験の否定的側面を評価する尺度。

                                            以上



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