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「ポジティブサイコロジー」とは 前野隆司慶応大大学院教授

 第6回日本ポジティブサイコロジー医学会学術集会が11月25日慶応大日吉キャンパスで開かれます。これは、幸せになることについて研究する新しい学会であり、興味がある方にぜひ参加していただきたいイベントです。2017年度学術集会の会長を務める前野隆司慶応大大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授にお話を伺いました。(文 海原純子)

 海原 「ポジティブサイコロジー」とは、一般的には耳慣れない言葉だと思います。どのような研究をするのか分かりやすく説明していただけますか。

 前野 臨床心理学や精神医学は心の病に対処するものですが、ポジティブサイコロジーは、「どうすれば人々はもっと幸せになれるのか」を追究する学問です。その対象には、心が病気になってしまった人たちだけでなく、病気になっていない未病の段階の人たちも含みます。つまり、普通の人たちが、「今の人生をより充実した幸福な人生にする」という意味を込めて「ポジティブ」という言葉が使われています。つまり、ポジティブサイコロジー(心理学)とは、自分の心のことわりを学んで、自ら幸せになっていく学問なのです。

 ポジティブ心理学を知る上での重要なキーワードは「レジリエンス」です。近年、心の病の予防や回復の重要な要素として注目されている考え方で、一言で言えば回復力。「あらゆる状況に対しての反応を制御し、挑戦や逆境から立ち上がる能力」と定義されます。

 よく「心が折れない」などといいますが、レジリエンスは心が折れないだけではなく、折れそうになったものが元に戻る力も意味します。ヤシの木みたいな感じと言えばいいでしょうか。台風が来てもポキッと折れるのではなく、風や豪雨に揺らされてもしなり、嵐が去った後は元に戻っているという感じです。


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 海原 「幸せになっていく学問」と言われましたが、私は「幸せ」と聞くと「ウェルビーイング(well-being)」という英単語が思い浮かびます。

 前野 「ウェルビーイング」は直訳すると健康または幸福です。1946年に策定された世界保健機関(WHO)憲章でも使われている言葉で、「身体的、精神的および社会的に良好な状態であって、単に病気ではないとか、虚弱ではないということではない」とされています。

 ポジティブ心理学において、ウェルビーイングとは「心身ともに充実したより良い状態」を指します。ですから、ウェルビーイングこそがポジティブ心理学の目指すべき姿といってもいいでしょう。

 私はその中でも、心理学的幸福(psychological well-being)についての研究をしています。その結果は、本にまとめていますので、ぜひご覧いただけるとうれしいです。

 私はもともと工学系の出身ですので、個人の心が良い状態になるのみならず、いかにしてみんなが幸せな社会を実現するか、そのためのものづくり、組織づくりはどうあるべきか、といったところに興味を持っています。例えば、「実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス」では、ポジティブ心理学の枠を超えて、いかにして幸せな社会をデザインすべきか、というようなことについても書いています。

 海原 11月の学術集会ではどのような研究が紹介されますか。

 前野 ウェブサイトにプログラムが載っています。ぜひご覧ください。

 ポジティブ心理学の第一人者である島井先生の講演に加えて、「Promoting Well-Being: The Role of Fun, Fit, Fitness, and Fairness/幸せの促進:ファン、フィット、フィットネス、フェアネスの役割」と題したIsaac Prilleltensky先生の講演など、見どころ満載です。

 17年度のシンポジウムは、「マインドフルネス・瞑想とポジティブサイコロジー」と題し、近年脚光を浴びているマインドフルネスにフォーカスを当てます。上座部仏教のスマナサーラ長老や、マインドフルネス学会会長の越川先生をはじめとして、心理学、医学、仏教という多様な分野からの議論が行われます。


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 前野 海原先生は分科会シンポジウム「男女が共に心地よく働ける社会のために」を開催されますよね。

 海原 最近、女性の社会参加が話題に上りますが、私は1980年代、男女雇用機会均等法が施行される前から働く女性のメンタルヘルスに関わってきました。女性が仕事と家庭のバランスを取りながら生き生きと過ごすためには、必ずしも保育園整備などハード面の支援だけでなく、精神面でも支援が必要です。女だから仕事も家事もきちんとしなくてはいけない、という思いが女性を精神的に縛り、過剰に頑張りすぎてストレスになるのです。

 シンポジウムでは、女性医師を対象とした調査を基に、特に専門職の女性が仕事を継続しキャリアを伸ばすために必要としている支援について、坂東眞理子昭和女子大理事長、久保田崇立命館大教授、田中俊之大正大准教授と討論します。ポジティブサイコロジー医学会学術会議は一般の方も興味がある場合は参加できるのですよね。

 前野 はい、もちろんです。医学会という名前がついていると、一般の方はハードルが高いと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。私も医師ではありませんし。また、学会なので研究者や大学教員しか参加できないと思う方がいるかもしれませんが、そんなこともありません。どんな方でも、興味をお持ちでしたら気軽に参加して会を盛り上げていただければうれしいです。

 もともとポジティブ心理学という分野自体が、学問を超えて、人々の幸せ、ウェルビーイングに貢献しようという取り組みですから、まさにいろいろな分野の方に来ていただくことは大歓迎です。よろしくお願いします。


前野隆司(まえの・たかし)
1984年東京工業大卒業、86年同大学修士課程修了。キヤノン、カリフォルニア大バークレー校客員研究員、ハーバード大客員教授などを経て、慶応大大学院システムデザイン・マネジメント研究科委員長、教授。工学博士。著書に「実践 ポジティブ心理学」(PHP新書、2017年)、「実践・脳を活かす幸福学 無意識の力を伸ばす8つの講義」(講談社、17年)、「無意識の整え方」(ワニプラス、16年)、「幸せの日本論」(角川新書,15年)、「システム×デザイン思考で世界を変える」(日経BP、14年)、「幸せのメカニズム-実践・幸福学入門」(講談社現代新書、13年)、「思考脳力のつくり方」(角川書店、10年)、「脳はなぜ『心』を作ったのか」(筑摩書房,04年)など多数。日本機械学会賞(論文)(99年)、日本ロボット学会論文賞(03年)、日本バーチャルリアリティー学会論文賞(07年)、日本創造学会論文賞(13年、14年、17年)などを受賞。専門は、システムデザイン・マネジメント学、地域活性化、イノベーション教育、幸福学など。

(文 海原純子)


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