「医」の最前線 AIと医療が出合うとき
危機を乗り越える科学の力
~新型コロナ対策へのAI活用~ (岡本将輝・米マサチューセッツ総合病院研究員)【第2回】
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)および、これに伴う新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2019年の発生以降、世界中の人々の命と生活に深刻な影響をもたらし続け、人類史上にもまれな公衆衛生の危機を引き起こした。新型コロナウイルスも他のウイルス同様、増殖・感染の最中に遺伝子変異を続けているが、特にウイルス特性に影響を与えるほどの変異を持つものは、世界保健機関(WHO)がリスクに応じてVOC(懸念される変異株)、VOI(注目すべき変異株)、VUM(監視下の変異株)に分類している。21年11月に南アフリカなどから報告された「オミクロン株」は、22年2月現在、WHOにVOCに分類されるとともに、高い感染力によって世界各国で猛威を振るっている。
臨床現場のたゆまぬ努力の一方、科学コミュニティーは研究フォーカスをこの未知の感染症へとシフトし、過去に例を見ないほどの多様な知見が短期間に集積した。現在も科学的エビデンスは急速な更新が続いているが、これらの多面的な研究アプローチとその成果は、未曽有の危機を乗り越えるための示唆に富むものとなっている。今回は、新型コロナウイルス対策へのAI活用事例として、特に疾患スクリーニングにおける画像解析AIの可能性と役割を見ていきたい。
PCR検査=AFP時事
◇PCR検査を補う胸部単純レントゲンスクリーニング
現在、新型コロナウイルス感染症の確定診断には、PCR(polymerase chain reaction)検査がゴールドスタンダードとなっている。PCR検査は病原体の遺伝子を増幅させることで、微量なサンプルから「体内に病原体が存在しているか」を調べることができる。少ないウイルス量でも検出が可能であり、新型コロナウイルスに限らず種々の病原体検査に用いられてきた実績があるため、その実際的な手法と科学的妥当性も、十分に確立されている。
一方で、鼻咽頭ぬぐい液は検体採取に一定の苦痛を伴うことが患者の主要なデメリットとなるほか、検体の前処理や検査自体に専門知識・技術を要すること、専用機器や試薬も欠かせないことなどから検査可能な施設が限られており、検体搬送を含め、結果判明までにタイムラグが生じている。さらに、これらを背景として検査自体が比較的高額であることも限界の一つとなる。
新型コロナウイルス感染症の発生以降、AIアプローチによって、このようなPCR検査の限界をサポートする有効なスクリーニング手法の確立を目指そうとする動きが見られている。中でも報告数の多いものが「新型コロナウイルス感染症を識別する画像解析AI」だ。医用画像のうち、特に胸部単純レントゲンは一般診療所を含めて広く普及しており、潤沢な既存資源を活用したスクリーニング手段の構築につながり得る。
一例を挙げると、米ノースウェスタン大学の研究チームは、「DeepCOVID-XR」と呼ばれるAIプラットフォームを構築し、その効果を検証した論文で21年初頭に大きなインパクトを示した(※1)。彼らは1.7万を超える胸部レントゲン画像に基づき(陽性症例数は4,253)、アルゴリズムの生成と検証を行なっているが、これは当時、新型コロナウイルス感染症の画像解析AIプロジェクトとして扱われた最大規模の臨床データセットでもあった。
興味深いのは、胸部読影を専門とする放射線科医と比較し、AIアルゴリズムによる識別は正確性として1~6%程度上回っていたほか、300枚の画像における読影時間比較では、放射線科医が2.5~3.5時間を要したのに対して、AIアルゴリズムは18分と診断速度の速さでも際立っていた。
論文中で示された高度のスクリーニング性能の一方で、著者らは診断手法としてPCR検査の代替には至らない点を明記し、PCR検査のタイムラグを補助する手段としての潜在的有効性を強調している。
また、「DeepCOVID-XR」はシステム全体とそのソースコードが公開されており(※2)、世界中の研究者らに前向き検証やファインチューニング(既存モデルの一部を再利用し、新しいモデルを構築する手法)を促している。実際、同論文は、その後多数の引用を受け、精度比較の対象としてもたびたび取り上げられることで、利点だけでなく、その問題点や限界が明らかにされた。これは、提案されたアルゴリズムの性能以上に同領域の発展に貢献する形となったことを意味し、望ましい科学研究のあり方として好例と言える。
新型コロナ患者のレントゲン写真=EPA時事
◇社会実装の進む画像解析AI、その可能性と問題点
上述の胸部単純レントゲンのほか、胸部コンピューター断層撮影(CT)などの医用画像に関して、新型コロナウイルス感染症スクリーニングのための複数の画像解析AIが、欧米を中心として規制当局の医療機器承認を取得している。実際の臨床現場で医師の画像読影をサポートするAIが活用されているわけだが、実は日本でも同様の状況に少しずつ近付こうとしている。
遠隔画像診断で国内最大シェアを誇るドクターネットは21年12月、胸部単純レントゲン画像を対象とした感染性肺炎識別AIで薬事承認を取得している。この検出エンジンの識別対象には、新型コロナウイルス肺炎が含まれており、元来正確な読影の難しい画像所見をカバーすることで、クリニックや市中病院の非専門医による新型コロナウイルス感染症の早期スクリーニングや重症化リスクの判定に貢献し得る。
当該システムは韓国JLKとの協働によって実現したものだが、遠隔画像診断との親和性が高いAIシステムは、ドクターネットが有する強力な基盤が生かされると考えられ、今後の導入促進に伴う臨床的な成果にも期待は大きい。また、胸部CTにおける新型コロナウイルス肺炎の識別AIについては、エムスリーと富士フイルムがそれぞれ20年、21年に薬事承認を取得し、製品の提供を開始している。
医師の医学的判断を支える画像解析AIは、限られたリソースである読影医を直接的に助け、作業負担を軽減することができる。また、理論上、疲労に伴う「精度のムラ」を起こさないため、医師の見落としを防ぐセーフティーネットとしての効果も期待される。
一方で、AIシステムの「パフォーマンスの質」が、一部患者集団で大きく低下する可能性のあることは重大な懸念事項として問題視されてきた。21年12月にNature Medicine誌で公開されたトロント大学とマサチューセッツ工科大学の研究者らの論文では、胸部単純レントゲン解析AIにおける過小診断バイアスを検証している(※3)。
実際、複数の主要な大規模データセットから構築されたアルゴリズムは、女性患者や黒人患者、社会経済的地位の低い患者など「歴史的に十分なサービスを受けてこなかった患者集団」で、選択的に過小診断率が高くなることを明らかにしている。
これは主に、アルゴリズムの根幹となる学習データセットに、脆弱(ぜいじゃく)となりやすい患者集団のデータがそもそも偏って不足することなどに起因しているが、過小診断によって「本来疾患を有する個人を健康である」と不正確にラベル付けすることは、治療へのアクセスを著しく阻害するため看過できない。
画像解析AIにとどまらず、研究者らの「AIが内包するバイアスを危惧する声」は現在、各国の政策立案者にも届き、具体的な指針が示されるようになってきた。これには学習データの質および多様性の確保、妥当な有効性検証、市販後に及ぶ経時的評価の確立などが含まれるが、直近では英国の取り組みが興味深い(※4)。
研究者・開発者に対し、英国営医療制度「国民保健サービス(NHS)」のデータにアクセスする条件として、AI開発プロセスの早期に患者や一般市民の参加を求め、大衆の声を反映させるというものだ。「開かれた開発」によって、公平で正当な医療AIの構築・実装が進むことが期待されている。
以上、今回は新型コロナウイルス感染症対策へのAI活用、特に画像スクリーニングについて見てきた。ここに取り上げた事例はごく一部であり、背景には、科学の力で困難に立ち向かおうとする人々のあまたの努力があることも、ぜひ知っていただきたい。(了)
【引用】
(※1)Wehbe RM, Sheng J, Dutta S, et al. DeepCOVID-XR: an artificial intelligence algorithm to detect COVID-19 on chest radiographs trained and tested on a large U.S. clinical data set. Radiology 2021; 299:E167–E176.
(※2)https://github.com/IVPLatNU/DeepCovidXR
(※3)Seyyed-Kalantari L, Zhang H, McDermott MBA, et al. Underdiagnosis bias of artificial intelligence algorithms applied to chest radiographs in under-served patient populations. Nature Medicine 2021; 27:2176–2182.
(※4)The Medical AI Times. 「英政府 – 医療AIのバイアス解消に向けた新しい取り組みを公表」
岡本将輝氏
【岡本 将輝(おかもと まさき)】
米マサチューセッツ総合病院研究員、ハーバードメディカルスクール・インストラクター、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員准教授(データサイエンス・統計学)、東京大学特任研究員など。データアプローチによる先端医科学技術の研究開発に従事。
(2022/02/28 05:00)
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