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がん教育は何のため?
~ヘルスリテラシーが低い日本~ 第5回

 2021年度情報通信白書によると、各メディアに対して「信頼できる」と答えた割合は新聞が最も高くて61.2%、続いてテレビの53.8%、ラジオの50.9%と続きます。SNSは15.3%、動画投稿・共有サイトは14.4%だそうです。新型コロナウイルス関連でフェイクニュースや間違った情報の入手先としては「テレビ」の58.1%、「インターネットメディアによるニュース」の27.2%、SNSの23.2%と報告されています。

 筆者もSNSであるインスタグラムやツイッターを利用しますが、その情報の信頼性については普段から注意しています。現在ではメディアからの情報をどう評価し、行動に反映させるかというメディアリテラシー向上を目指した教育が実践されてきています。似たような概念として、健康情報についてのメディアリテラシー、いわゆる「ヘルスリテラシー(健康リテラシー)」があります。日本人はこれが低い、として危惧されています。がん教育はこのヘルスリテラシーの向上も目的の一つになっています。

日本のヘルスリテラシーは低い

日本のヘルスリテラシーは低い

 ◇がん題材にリテラシー向上

 このヘルスリテラシーの定義とは、どういったものでしょうか。

 「健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力であり、それによって、日常生活におけるヘルスケア、疾病予防、ヘルスプロモーションについて判断したり意思決定をしたりして、生涯を通じて生活の質を維持・向上させることができるもの」

 これがよく使われる定義ですが、長くて一般の方には分かりづらいかと思います。簡便に「健康を決める力」などとも言われています。

 一方、がん教育の目的は「がんについて理解し、健康と命の大切さを考えられるようになる」ことです。言い換えると、がんという題材を用いて将来的なヘルスリテラシーの向上を目指すことだと理解できます。

 ◇アジア諸国にも後れ

 しかし、このヘルスリテラシーが日本人は世界的に見て低い水準にあるという報告があります。この報告では、オランダやドイツ、スペインなどの欧州諸国に加え、アジアのインドネシアやミャンマー、ベトナムよりも低い点数で驚きの結果です。もちろん一つの測定法を使った結果なので、現実をすべて反映しているかどうかは悩ましいところですが、この報告結果をきちんと受け止めた方がよいでしょう。

各国の乳がんと子宮頸がん検診率=OECD statisticsより筆者作成

各国の乳がんと子宮頸がん検診率=OECD statisticsより筆者作成

 ◇がん検診受診率の低迷

 ヘルスリテラシーが低いと何が起こるのでしょうか。さまざまな悪影響が知られています。救急医療の使用や入院患者の増加、インフルエンザワクチン接種率の低下などの例は分かりやすいでしょう。健康に関するメッセージが解釈できない、適切に薬を服用できないなどというケースも起こります。

 がんについて言えば、がん検診受診率の低迷が挙げられます。早期発見が重要であり、自覚症状が出にくいがんでは一定間隔で検診を受けることが欠かせません。しかし、日本では検診受診率はあまり高くありません。図は2019年の乳がん検診、子宮頸(けい)がん検診の受診率です。欧米諸国では女性の70~80%台が受診しているのに対して、日本の女性は40%台と低い水準にとどまっています。

 子宮頸がんワクチン接種、元に戻らず

 また、子宮頸がんワクチンについては、日本では副作用が疑われて集団訴訟もあった影響から、接種率は1990年代後半生まれの世代では70%以上に達していたのに、問題が表面化した2002年以降生まれでは1%以下まで急落しました。副作用の問題については、その後の研究などで大きな健康被害は生じていないとされているにもかかわらず、接種率は元の水準に戻っていません。これらの要因にヘルスリテラシーの低さが影響している可能性は大いにあると思いますし、この状態が続くようですと子宮頸がんによる死亡が増えることを防げません。早急に取り組まなければならない問題です。

 ただ、2021年からは子宮頸がんワクチンの積極的勧奨が再開され、22年からは子宮頸がんワクチン接種を差し控えていた世代でも接種を受けられる「キャッチアップ接種」が始まっています。

 ヘルスリテラシーの低さは見逃してはいけない問題です。個人がそれぞれ、自身のヘルスリテラシーを上げることも大事です。財政的に厳しい社会保障の状況を考えると、国民としてもリテラシーの向上を目指さなければならないでしょう。その中で、学校でのがん教育が大きな役割を果たすことができると信じています。(了)

 南谷優成(みなみたに・まさなり)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
 2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。

 中川恵一(なかがわ・けいいち)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
 1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。


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