こちら診察室 アルコール依存症の真実

隠れ酒までの道 第2回

 酒の飲み方に問題があるかどうかは本人の家族が一番よく分かる。「お酒を飲む量を減らしてください」などと家族が言い始めたら、イエローシグナル、いや、すでにレッドシグナルが点灯していると思ってよい。なぜなら、家族は本人の飲酒癖により実害を被り続け、耐え忍んだ揚げ句に切り出すからだ。堪忍袋の緒が切れた、もはや我慢の限界なのだ。

布団をかぶって酒を飲む

 ◇酒の力を借りる

 前回登場した男性は、サラリーマン時代に酒の力も借りて築いた人脈を頼りに独立開業した。男性は振り返る。

 「飲んでいる時、将来は無限の可能性に満ち、バラ色だと感じることができました。しらふで考えると限界があることも飲んで考えると限界がなくなり、自分は何でもできるスーパーマンのような気がしたものでした」

 男性は34歳で独立。しかし、その転身が酒に拍車を掛けた。

 「サラリーマン時代と違って好きなように行動できるし、お金も自由になるので飲む機会も量も増える一方でした」

 事業がうまくいったのは、ほんの数年だった。酒が経営に必要な判断を狂わせていく。

 「仕事がうまくいった時は勝利の美酒でした。酒を飲んでいるから仕事ができるんだ、ここまでやってこられたんだと思いながら飲みました。仕事がうまくいかなかった時は、酒を飲めば失敗はいつでも取り戻せると思い飲みました」

 ◇仕事も体もボロボロに

 「仕事が段々、駄目になってくると、妻が酒の飲み方に文句を言うようになりました。真顔で『お酒をやめてください』と言われるようになりました」

 だが、そんな言葉で酒をやめられないのがアルコール依存症だ。

 「一笑に付しました。『酒を飲みながらここまでやってきたんだから、俺から酒を取り上げたら何もできなくなるぞ』と脅しを交えたへ理屈を返したものでした」

 そうして酒を飲み続けた結果、事業だけではなく、体も変調を来した。救急車で搬送されたこともあった。

 「肝臓をやられていました。何日間か入院しましたが、内科だったこともあり、『酒の量を減らした方がいいですね』と言われただけでした」

 さすがに「体を壊すような飲み方はやめよう」と決心して退院したが、できなかった。

 「体が元気になっていることもあり、退院後の一杯はどんなにおいしかったことでしょう」

 入院生活で内臓を休めて栄養を補給すると「飲める体」になる。退院した男性が元のように飲み始めるのに、それほど時間はかからなかった。

 ◇隠れ酒が始まる

 言っても聞かない、懇願してもやめない。それでも家族は何とかして酒をやめさせたい。少なくとも酔っ払っている姿は見たくない。そこで行うのは、家の中から酒類を一掃することだ。

 「妻は私の飲酒を監視するようになりました。それに加えて、酒を家に置かなくなりました。外に飲みに行けば酒を飲めるのですが、夜の閉店の時間を過ぎると飲むことができない。朝方だって飲みたい。昼間からやっている飲み屋もそれほど多くない。酒のことで妻とけんかするのもけっこう疲れるので、当然、隠れて飲むようになります」

 このようにして隠れ酒が始まる。男性は家の中に隠し場所を探した。

 「最初のうちは本棚の裏やベッドの下に隠して、隙を見て飲むわけです。その場所が見つかるようになると、トイレの水洗タンクの中に隠しました。いい隠し場所を発見すると『ここはしばらく利用できる!』と喜んだものでした」

 ◇ひたすら飲むために

 アルコール依存症の人たちは自分の酒の飲み方に関して、何らかの問題があることに気が付いている。だが、それを家族に指摘されるのは嫌だ。ましてや、誰からも酒を飲むことを止められたくない。だから、家族に隠れて飲むことになる。隠れ酒・隠し酒について、本人たちは振り返る。

 母親と同居していた男性は語る。

 「商売がうまくいかなくなってきて、母親はそれが酒のせいだと思って家にある酒を全部捨てました。それからは、母親に見つからないように家のあちこちに酒を隠すようになりました。それを母親が探して捨てる、そのうちに自分でもどこに隠したのか分からなくなったりもしました」

 なぜ、その男性が隠れ酒をしたのだろう。

 「『アル中』の父親の被害者だった母親に対しては、良い子であり続けました。だから、母親に隠れて飲み続けました」

 団地住まいの男性は屋外に隠した。

 「ごみの集積場に隠しました。朝に酒が切れると、顔からポタリポタリと汗が流れてきます。胸もドキドキしてきます。家族はまだ寝ています。布団からこっそり抜け出して外に出ます。団地の窓から誰かのぞいていないかときょろきょろと上を見ながら、ごみ置き場から焼酎のボトルを取り出して体に流し込みます。すると2〜3分で汗が止まり、ドキドキも治まり、やっと一息つくのです」

 とにかく、家族に見つからないようにするための懸命の努力が続く。本人にとって酒を飲むことが全てなのだ。自分の部屋を持っていなかった男性は語る。

 「家が狭く、隣には小学校に通っている長男が寝ています。真夜中に酒が無性に飲みたくなる。布団の下に忍ばせていたウイスキーのポケットボトルを取り出してふたを開けようとすると、手が震えてカチカチと音がする。静かな部屋に音が大きく響いて、子どもが目を覚ますかもしれないと心配になってくる。音がしないように布団の中にボトルを入れて、押し付けるようにしてふたを開けると音がしません。そして、布団に潜ってウイスキーを流し込むと、もう一寝入りできます」

 アルコール依存症ではない人たちは、「なぜ、そこまでして飲むのか」と思うだろう。それが、この病気の怖さだ。

 次回は、アルコール依存症の女性たちの物語を紹介する。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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