ダイバーシティ(多様性) 当事者が見た色覚特性のキラキラした世界

知識・経験で色を認識
~手法さまざま、代替策に活路も~ 【第4回】

 小学校の頃に使ったサクラクレパスのクーピーペンシル。この画像に私が話したいこと、皆さんが知りたいことの全てが詰まっていると思います。画像の通り、色覚特性を持っている場合は見えている色の数が少ないはずです。

 ここで皆さんにとても簡単な問題を出します。「色の名前を100個言ってみてください」

 意地悪な問いで答えられなくても仕方ありません。経験があっても役に立たず、知識がないと難しい問題です。第2回でお話しした通り、色覚特性のほとんどは知識と経験によって補えます。ただ、知識と経験でカバーできないときはちょっとしたずれが生じます。

 ◇表示見て確認

 12色程度の色鉛筆を想像してみましょう。同じ系統の色が複数あるわけではないので、「青」と言われたら簡単に指定の色を手に取れると思います。その青をいざ使おうとするとき、普通は「この色は本当に青かな?」とは考えないのではないでしょうか。

 これに対し、色覚特性を持っている人は「本当に青だろうか。紫かもしれない」と色鉛筆の軸に目をやり、「『あお』と書いてあった。良かった」という確認作業が必要になります。ただ、色覚特性の自覚がなければ確認もしないので、「青空を描いたつもりが夜空だった」「腐ったリンゴを描いていた」「桜を薄い水色で塗った」ということが起こります。絵の具や色鉛筆、クーピー、カラーペンの表記は、色覚特性を持っている人にはとても重要な情報です。

  幼稚園、小学校では生き生きとした色使いが珍しかったのでしょうか。絵のコンテストで何度か賞をもらった記憶があります。私の母親も私の絵を大いに褒めてくれるので、当時の私は「俺は絵がうまい!」と、自己肯定感を飛び越してナルシストに成長してしまいました。

 ◇高校の美術授業であらわに

 私は中学校で美術部に入ります。マイノリティーという意識に陶酔中の私は彫刻ばかりやっていて、絵の具を全く使いません。全部員が共通の絵を描くという課題もありましたが、顧問から「長瀬は色塗りが雑」と言われ、色使いがどうこうというより性格の問題として片づけられました。従って、色覚問題に関しては自分も周囲も全く気付きませんでした。

 「事件」は高校で起こります。私が通った高校は、芸術科目については選択式授業というシステムでした。私は音楽ではなく美術を選択します。授業で「いざ、美術部の実力をお見せしましょう」と意気込んで新しい絵の具箱を開いたものの、中の絵の具には「カーマイン」「ビリジアン」「バーントシェナー」など、知らない文字がたくさん書かれていました。今まで慣れ親しんできた表記と全く違い、この3色の見分けがつきません。見分けがつかないことにも気付いていない私は毒々しい色のリンゴを描き上げます。先生、友人から指摘を受けて初めて自覚し、この件を境に絵の具を使うことにためらいが出るようになってしまいました。

 それでも絵を描くこと自体はやめられませんでした。イラストを描く人なら分かると思いますが、色塗りまで完璧にやらなくても、落書きや線画は描いているだけで楽しめます。意識的にではありませんが、この時から私にとって絵を描くということは色を塗るのではなく、線を描くことにシフトします。

 ◇絵からイラストにシフト

 高校は演劇部に所属したので、部活で絵を描くことはなくなりました。絵の具事件以降は美術、特に作品を描き上げることに対して少しネガティブに考えていた気もします。それからというもの、オタク気質も手伝い、漫画の表現技法にはまります。偶然にもそして幸運にも、自分だけでなく父、兄も漫画が大好きで、実家に資料が大量にありました。

 モノクロでありながら色を表現する手塚治虫さんや魔夜峰央さん。漫画っぽくない鮮明な色合いで目に飛び込んでくるえんどコイチさんのアメリカンポップアートを主とした色の種類が少ないカラーイラスト。デッサンなら、モノクロイラストなら、鮮やかな色なら自分も手掛けられる。色覚特性のことなどすっかり忘れ、他の方法で自分の技術がモノになっていくことに楽しみを見いだしました。

 美術の成績は色の塗り方が雑なのでそれほど良くありませんでしたが、毎日のように自宅でイラストの練習をしていた気がします。自分としては練習している意識など特になく、テスト勉強もそっちのけで思い付いたものをすぐに描く。マンガを読み終わったら、お気に入りのシーンを模写してみる。絵を描くことが本当に好きでした。今でもたまに店内POPやSNS用のイラストを描いています。色の種類を増やすと自身が大変になるので、基本的には赤、青、黄しか使いません。

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