教えて!けいゆう先生

患者さんにがんを告げる
考えてほしい「これから」

 患者さんに「がん」という診断を伝えると、ほぼ必ず言われることがあります。それは、「去年検査を受けていれば、もっと早くに見つかったのでしょうか」「これまで〇〇していたのが原因でしょうか」といった問いかけです。いずれも、患者さんが過去を振り返り、自らを責めるような気持ちから生まれる言葉です。
 中には、ご家族の方から「私が食事に気をつけていれば、こんなことにならなかったのでしょうか」「私がもっと節制を促せば、がんにならずに済んだのでしょうか」という後悔混じりの言葉をいただくこともあります。こうした言葉に私たちは普段どう答えているでしょうか。

ガンを宣告されたら、どうしても過去を悔やみがちになるけれど…

ガンを宣告されたら、どうしても過去を悔やみがちになるけれど…

 ◇異なるスピード

 まず、患者さんから「去年検査を受けていればもっと早くに見つかったのではないか」という疑問があった場合、私たちが伝えるのは「がんの進行のスピードは症例によって全く異なるため、どんな名医でも去年の段階でどうであったかを推測するのは難しい」ということです。

 例えば、進行胃がんが発覚した方が、もし1年前に胃カメラの検査を受けていたとしても、小さな異変を検知できたかもしれないし、全くの正常だったかもしれません。実際、「毎年胃カメラを受けている方が、ある年に進行胃がんが見つかり、1年前の検査は正常だった」という経験は少なからずあります。

 もちろん、全身に転移を起こし、かなり進行した状態で見つかった方に対して、「もしかすると、1年前からすでに胃に病変があったかもしれません」と伝えることは可能ですが、あくまで推測にすぎません。

 がんの進行スピードは一定ではありません。最初はゆっくり大きくなっていたのに、ある時から急激に進行の速度が上がる、という例もよく経験するのです。

 よって、患者さんに対し、「普段から検診をきちんと受けていればこんなことにならなかったんじゃないか」と言うことは、ご本人を追い詰めるだけで、何のメリットもない行為です。

 ◇過去を責めない

 がんになると、「原因が何であったかを知りたい」という患者さんは多くいます。しかし、多くのがんは、さまざまな要因が重なり合って起こります。細胞のDNAに生じた異変が、無秩序に増殖するがん細胞を生むきっかけになる、と考えられていますが、多くのがんでは、これが単一の要因で起こるわけではありません。

 もちろん、がんのリスクを高める因子は多く判明しています。たとえば喫煙は、肺、口腔(こうくう)、咽頭、喉頭、食道、胃、肝臓、膵臓(すいぞう)、ぼうこう、子宮など、非常に多くのがんの発症リスクを高めます(厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」参照)。

 禁煙することによって、がんに限らず多くの病気のリスクを下げることができ、長く生きられる確率が高まるのは事実でしょう。しかし、たばこを一度も吸ったことがなく、目立った受動喫煙もなかった方が、これらのがんにかかることもあります。

 よって、がんになった方に対して、「〇〇が良くなかったんじゃないか」と言って患者さんの過去を責め、自己責任を問うことに意味はありません。

 ◇前を向いて

 確かに、がんという病気になった方が、「どうすればこの事態を防げたか」と過去を振り返ってしまうのは、当然のことです。しかし、同時に前を向いて「これからどういうことが起こるのか」を医師からしっかり聞き出すことも大切です。

 つまり、「これから受けるべき治療にどんな選択肢があるのか」「それぞれの治療に、どんなメリットとデメリットがあるのか」「これからどんな検査を受ける必要があり、どの程度の治療期間が見込まれるのか」といったことを知るのです。

 むろん、突然の告知によって頭が真っ白になり、冷静に考えるのが難しいこともあるでしょう。その場合は「一度考えさせてほしい」と医師に伝え、いったん時間を置いて、もう一度医師の説明を聞くのがお勧めです。その間に、ご家族とゆっくり話し合う必要もあるでしょう。

 よほどのことがない限り、数日単位で治療を焦らねばならない事態はめったにありません。ゆっくりと、状況を受け入れる態勢を整えていただければと思います。(医師・山本健人)


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