医学トップの視座

多様な学生を受け入れ
社会の一歩先を見据える―香川大学医学部

 香川大学医学部は、香川医科大学として1978年に創設、2003年に旧香川大学と統合し、現在に至る。医学部のある三木キャンパスには、医学部独自のスポーツ施設が充実し、サークル活動も盛んだ。18年4月に国立大学医学部では初の臨床心理学科が開設され、看護学科とともにチーム医療を学ぶ環境が整った。古くから国際交流が盛んで、低学年のうちから留学のチャンスがある。上田夏生医学部長は「学生の間に自分の適性や得意分野を見つけ、それを伸ばすような広い意味での勉強をしてほしい」と話す。

上田夏生医学部長

 ◇新型コロナで実習対策に苦慮

 香川県は新型コロナウイルス感染者数がそれほど増えておらず、大学の全面閉鎖には至らなかったが、感染対策には追われた。最も苦慮したのは、学生の病院実習への対応だ。

 「付属病院での対応が地域の医療機関での実習にも反映されるため、学生にどこまでやらせてよいのか、非常に悩みました。手術部への立ち入りや、患者さんと直接に接する機会の制限など、クラスターが発生しないよう、大変気を使いました」と上田医学部長。

 インフルエンザや試験前の復習のために10年ほど前から講義収録システムが稼働しており、講義のオンライン化はスムーズに移行できた。

 「1クラス120人のうち30~40人が対面授業、他の学生はオンライン講義を視聴することで3密を避ける対策をとりました。講義の配信は収録の翌日以降となり、すぐに視聴できないのが欠点ですが、オンデマインド配信なので繰り返し見られるということで、学生には好評です」

 ◇遠隔医療ネットワークで妊婦健診

 香川県は瀬戸内海に島しょ部をかかえており、常勤医がいない地域も多い。このため、全国に先駆けて、遠隔医療ネットワークが構築された。中でも最近、注目されているのが、遠隔で胎児心音をモニターするシステムだ。医療機関から貸し出す機器は、県内のベンチャー企業が開発した。

 「島しょ部には産婦人科が無くて、妊婦健診のたびに本土まで結構な時間をかけて通院するのは、妊婦さんにとって、かなりの負担でした。通院の回数が減らせるだけでなく、異常があったときに早めに分かるというメリットもあります」

香川大学医学部

 ◇あらゆるレベルに応じた国際交流

 香川大学医学部では、医学を学び始めたばかりの1年生から、臨床的な知識の豊富な高学年まで、医学的な知識レベルに応じた留学先を用意しており、毎年30人ほどが留学するという。

 「低学年では、外国人の友達と英語でコミュニケーションを取り、国際感覚を身に付けることが目的になります。高学年になると相当な英語力や医学的な知識が必要となる臨床の場に出かけていきます。すべて自分で行動しなければ何もできない厳しい世界で生き残っていく力が試されます」

 一方、東南アジアや中国からの留学生も積極的に受け入れており、海外に行く機会のない学生も留学生との交流を通して、国際感覚を身に付けることができる。アジア、アフリカなど海外の若手の医療従事者や教員を招聘(しょうへい)し、短期間の研修を行うプログラムも国際協力機構(JICA)の協力を得て提供している。

 「地方大学は国際交流の人材が少ないので大変なのですが、国際交流委員会の先生方が頑張ってくれています。今年は新型コロナの影響で外国との行き来ができない中、タイのチェンマイ大学やカンボジアの健康科学大学等とオンラインの研究発表会を実施し、香川大学医学部も情報発信しました。さらにブルネイ・ダルサラーム大学と合同で国際遠隔講義も実施しています」

 ◇小児対象の大規模健診で遺伝病を早期発見

 香川県は肥満や糖尿病の有病率が全国平均より高く、行政上の課題になっている。このため、香川県下の全17市町が小学4年生の児童約8000人を対象にした小児の生活習慣病予防検診を県が実施している。血液検査で血糖値やコレステロール値を測定、膨大なビッグデータを解析して健康増進に役立てようというものだ。

 「その中の一つとして、LDLコレステロールを測定し、家族性高コレステロール血症(FH)を発見しようという取り組みをしています。子どものときに早期に発見できれば、薬物療法で予防ができる可能性が高い」

 家族性高コレステロール血症(FH)は、250人に1人の遺伝病。血液検査のLDLコレステロール値が140mg/dl以上の場合、医療機関への受診を促す。遺伝子診断の結果、1年半の間に児童50人のFHを発見した。

 「遺伝病なので、一人の子に見つかると、親や兄弟にもある可能性がある。50人の小児に病気が見つかると、家族100人を診断できる。結果的に150人のFHを発見することができました。今後この調子で調べていくと、およそ10年で香川県にいるFHのほとんどの患者さんが見つけられるのではないかと期待しています」

 FHの患者は心筋梗塞の発症率が10倍、平均寿命は15年ほど短いと言われている。小児期に早期発見して治療を続けていけば、動脈硬化の進展を抑えられるのではないかと期待されている。

香川大学医学部附属病院

 ◇年齢、性別問わず、多様な学生を歓迎

 県下で唯一の医学部として、他大学の医学部以外を卒業した学生のための学士入学も導入し、多様な学生を受け入れる態勢も取っている。ただし、地域医療に熱意があることが大前提だ。

 「一度、社会に出てから30代で入学してくる人もいます。性別、年齢問わず、リサーチマインドを持ち、将来の医学教育や研究を担う人、国際的に活躍する人、みんなが同じ方向ではなく、いろいろな分野に進んでほしい」

 女子学生は4割を超える。女子学生への差別が社会問題となったが、香川大学医学部では付属病院の敷地内に保育所を設置するなど、受け入れ態勢の整備を行ってきた。

 ワークライフバランス支援室を設け、専門分野の選択、出産、育児と仕事との両立などの悩みを気軽に相談できる体制がある。

 入試では一般入試、推薦入試、学士入学、地域枠を設けているが、今年から後期入試は廃止した。

 「前期日程で落ちた人が数多く受験して、センター入試の点数は高くても、県外の方がほとんど。近県の多くの医学部がやめています。県で唯一の医学部ですから、やはり地域医療に熱意ある人に入ってほしい」

 ◇酵素学の研究に魅せられて

 上田医学部長は大阪市の開業医の家に生まれた。忙しいながらも、一緒に釣りを楽しむなど、子どもを大切にする家庭だったという。地元の名門、天王寺高校で学び、徳島大学へ。跡継ぎとしての期待はあったものの、大学院に進み、学位を取って研究者の道へと進んだ。「いずれは跡を継いでくれるだろうと思っていただろうし、私も一生、生化学の研究者をやろうと思っていたわけではないのですが、結局、一度も臨床には行きませんでした」

 徳島大学では生化学研究が盛んで、世界から有名な研究者が講演に来るような活気があった。そうした環境の中、上田医学部長が選んだのは、肥満、糖尿病、動脈硬化など生活習慣病と深く関わりのある脂質代謝の酵素学の研究だ。

 「徳島大学で、立派な教育者、研究者の影響をすごく受けました。恩師との出会いは大きいと思いますね」

上田医学部長

 ◇大きな社会の流れの中での自分の役割を

 上田医学部長がこれからの医師に伝えたいのは、大きな社会の動きに関心を持って、その中で医師としての役割を考えることだ。

 「新型コロナウイルス感染症のパンデミック、地球温暖化、環境エネルギー問題、自然災害の多発、少子高齢化、ストレス社会における心の問題、そういった世の中の大きな変化を自分のこととして捉えてほしい」と話す。

(ジャーナリスト・中山あゆみ)

【香川大学医学部 沿革】

1978年 香川医科大学の創立(医学科の開設)

    83年 医学部付属病院の設置

    96年 看護学科の開設

2003年 旧香川大学と統合し、香川大学医学部になる

    18年 臨床心理学科の開設(全国の国立大学医学部で初)


【関連記事】

医学トップの視座