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俺と師匠とブルーボーイとストリッパー 直木賞作家・桜木紫乃さん 著書を語る

 コロナ禍で自粛が続き、家で本を読む人が増えたという報道がありました。コミックの売り上げが増えたということです。私は最近、小説を読む機会が増えました。リモートワークが中心で、活動範囲が狭くなり、歩く所もご近所なので、世界が狭くなる感じがしているからです。小説で違う環境の中にどっぷりつかりたい、という気持ちがあるのですね。そんな時、読み始めたのが桜木紫乃さんの新刊、何かすごいタイトルだなあ、と思ったのですが、もう読み始めると途中でやめられない面白さで、寝不足になりながら読み終えました。読み終えた後、何とも言えないいい気持になったのです。暖かいふんわりとした気分なんですね。

 家庭に恵まれずに育った、人生に希望を持てない一人の青年が、ひどい環境でもユーモアと明るさを持つ人たちの中で、自分の生き方を見つけていくという物語です。失敗ばかりのマジシャン、年増のストリッパー、女装のシャンソン歌手という3人は、世間的には権威もなく、有名でもない。でも、彼らの持つ心の真実と深い洞察力が、主人公を変えていく過程が描かれます。そこで、ぜひこの小説のお話を伺いたいと思い桜木さんにインタビューをさせていただくことにしました。

(聞き手・文 海原純子)

 ◇ラジオ生放送で不思議な体験

 海原 登場人物が非常に特徴的ですが、モデルがいたんですか。シャネルさんは想像できたんですが、カルーセルさんかな、と。

直木賞作家の桜木さん

 桜木 どん底でも歌い続けるというソコ・シャネルの名の通り、カルーセル麻紀さんに憧れる女装のシャンソン歌手です。舞台にした釧路のキャバレーは、モデルがあって、「ラブレス」という長編の舞台にもなったキャバレー「銀の目」というお店なんです。

 海原  最初からこのプロットを作って書くのですか。

 桜木 ある程度考えておくのがいいのでしょうけれど、今回はざっくりと「出会って別れていく」しか考えてませんでした。

 実は、大竹まことさんのラジオに呼んでいただいた時に、大竹さんが釧路のキャバレーに営業に行ったことがあるという話になって。その時のメンバーが「俺と師匠とブルーボーイとストリッパーだったんだよ」で、生放送中に「大竹さん、そのタイトルもらっていいですか」って頼んだんです。タイトルと登場人物が瞬間的に決まるという、不思議な体験をしました。アンテナが立ってたのかもしれません。見逃さないで良かったです。

 海原 実際にどんなところを取材なさるのですか。シャネルさんのステージすごいですね、かっこいい、私もこういうステージしたいと思いました。

 桜木 海原先生もステージに立って歌う方ですよね。わたしは歌うことはできないのですが、ライブステージやストリップの舞台は好きなのでよく行ってました。自分で演じることができないぶん、そこに立っている人の背景を想像することが好きだし、華やかなスポットライトの影の部分に惹かれるというのも、小説を書いているからかもしれません。見えない、見せないところが気になるというか。ごつい女装だけど歌わせたらピカイチ、という設定は気に入ってます。

 原 どのくらいの期間でお書きになるんですか。連載でしたよね。

 桜木 「野性時代」(KADOKAWA)という月刊文芸誌で、昨年1年間連載していました。執筆時間は、10カ月くらいだったと思います。

 海原 紫乃さんは、登場人物がすることを体験してみることが多いと思いますが、今回はゴンドラとかストリップとかやってみましたか。

 桜木 いやいや、体験できるのは客席だけです(笑)。キャバレーにある一人乗りのゴンドラは、カルーセル麻紀さんから伺ってました。「ホントに怖いのよ~」っていつも話されていて。先日、そのキャバレーのオーナーからお手紙をいただいて「このキャバレーの舞台はうちですね、ありがとうございます」って。当時、ゴンドラを持っているキャバレーは、道東ではそこしかなかったそうです。お手紙には驚いたのだけれど、何よりも読んでくださっていることがありがたくて感激しました。キャバレーのドレスについては、以前、銀座の「白いばら」でホステスさんの衣装を借りて踊ったことがあります。いい体験でした。


俺と師匠とブルーボーイとストリッパー

 ◇血のつながらない疑似家族

 海原 主人公が3人により少しずつ変わっていく過程が興味深かったです。感情を顔に出した時「そんな顔をすることもあるんだ」と指摘されたところなどいいなあ、と思いました。

 桜木 人って自分の見たいようにしかものを見ないですよね。それはわたしも多分同じで。見たいように見たものが合っているかどうかを確かめる作業が、自分にとっては小説なんだと思います。

 原 この小説の中の人たちは、血がつながらないのに家族ですね。これからはこういう関係もありなんだ、と思わせるものがありました。

 桜木 昨年「家族じまい」で自分にとってのリアルな家族を書いたんですが、今回は疑似家族。この2冊で、なんとなく自分が持っている現時点の「家族」について書けたんじゃないかなと思っています。なので、今とてもフラットな気持ちなんです。

 生んでこの世に出してくれたのも親、自分で人生の舵を切って生まれ直したと思えたときに、そばにいてくれた人も、「親」じゃないかなって。自分が親になってみて思うことは、「親が教えられるのは死に方だけだな」ってこと。最近問題になる毒のつく親子関係は、「生き方」を教えようとするからややこしくなってる部分もあるのかなあと思うんですよ。

 海原 登場する人たちがそれぞれとても魅力的です。売れっ子の女優がつまらない人物というのも痛快です。シャネルさんが彼女と同じナンバーでステージをしたのは、本当にすっきりでした。

 桜木 ステージで何かを表現する人、というのが好きです。自分はそういう人にはなれなかったけれど、表現だけは残りました。芸事に寄せる、その人にしかない「華」を筆にのせているとき、けっこう幸福感があるんです。自分もその場で歌っているような気持ちになるのかもしれないです。書いているとき、この人たちは本当に私の中に居たんですよね。大好きな人たち。だから、毎日会いに行くのが楽しかったんです。朝起きると、ワクワクしながら机に向かう。振り返ればそんな日々ばかりでもなかったなあと思うとき、今、小説を書いていられることが本当にありがたくてうれしいんです。


 桜木紫乃 1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」でオール讀物新人賞。07年「氷平線」で単行本デビュー。13年「ホテルローヤル」で直木賞、「ラブレス」で島清恋愛文学賞、20年「家族じまい」で中央公論文芸賞受賞。最新刊は3月に初の絵本「いつか あなたを わすれても」(集英社)。


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