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六つの転写因子を用いた成体脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRC)の心筋細胞への直接リプログラミング法の開発 新たな心筋再生療法開発への期待


2.    研究成果

 本研究チームは、まず初めにADRCを心筋細胞へと直接プログラミングするために必要な因子の同定から始めました。RNAシークエンス解析という網羅的な遺伝子の解析を用い、マウスにおけるADRCと心臓組織の遺伝子の発現の違いを調べ、候補の因子を15個にまで同定しました(図1A)。次に、同定した15個の候補因子の組み合わせをそれぞれのパターンで比較したところ、最終的に六つの因子、Baf60c、Gata4、Gata6、Klf15、Mef2、Myocdの組み合わせをADRCに遺伝子導入することで、ADRCを最も効率的に心筋様細胞へ誘導することを明らかとしました(図1B;細胞は心筋の特徴を持つとGFP※7を発現し、緑色の発光をするようになる)。

 この6因子の遺伝子を導入したADRC(6F-ADRC)は、顕微鏡で観察すると、心筋細胞を構成するタンパク質であるα-サルコメリックアクチンやトロポニンTが細胞内にあることがわかりました(図2A)。心筋様細胞へと変化しているGFPで光る緑色のADRCのみを集めてRNAシークエンス解析を行うと、さまざまな心臓関連の遺伝子が発現しており、この遺伝子発現の分布は成体マウスの心室心筋細胞の発現に近づいていることがわかりました(図2B)。シングルセルRNAシークエンスという単一細胞レベルでの網羅的な遺伝子発現についても調べましたが、これまでの結果と同様に、GFP陽性のADRCは心筋細胞に関連した複数の遺伝子を発現しているという結果が得られました(図2C)。以上のことから、6因子の遺伝子を導入し直接リプログラミングを行ったADRCは、心筋細胞に向かった分化誘導がなされていることが明らかとなりました。

 本研究チームは、6F-ADRCが心臓再生治療に有効なものであるかどうかについて、動物モデルを使って検証を行いました。直接リプログラミングを行った6F-ADRCを、作成した急性心筋梗塞モデルマウスの梗塞エリアに細胞移植し、1カ月の経過を評価しました。結果、6F-ADRCの誘導細胞移植群では、非誘導細胞移植群と比較して生存率が改善する結果となりました(図3A)。細胞移植後に行った心臓超音波検査では、誘導細胞移植群と非誘導細胞移植群の左室内径短縮率(LVFS)の差が経過時間とともに徐々に明確になり、21、28日目では誘導細胞移植群で心機能が有意に保持される結果となりました(図3B)。28日後の顕微鏡での組織の評価(マッソントリクローム染色)では、梗塞面積および全左室面積が誘導細胞移植群において非誘導移植群より有意に減少していることがわかりました(図3C)。

3.    今後の展開

 本研究チームは、成体から取り出したADRCを六つの転写因子の遺伝子導入という方法によって心筋様細胞へと分化させることができるという新たな報告を行いました。さらに、誘導をかけたADRCを動物実験で急性心筋梗塞に移植した場合、心筋細胞としての性質を維持したまま梗塞境界部に長期間留まり、血管新生作用を介した心機能の改善効果があることを示しています。ADRCは幹細胞の中でも比較的容易に採取でき、腫瘍形成能も低く、安全性や倫理的な問題も少ないと考えられて自家移植も可能な細胞治療として有望視されています。今後は本研究成果を受け、ADRCの直接リプログラミングを介した新たな心臓再生治療法を確立することが期待されます。

4.用語説明

※1 転写因子
DNAに結合することで遺伝子の発現を調節するタンパク質のことであり、DNAの遺伝情報をメッセンジャーRNAに転写する過程を促進、あるいは逆に抑制する働きをする。

※2 直接リプログラミング(ダイレクトリプログラミング、direct reprogramming)
最終分化細胞である体細胞から多能性幹細胞を経ずに、分化の鍵となる特定の転写因子群を遺伝子導入することで、心筋、神経、肝細胞などのさまざまな分化細胞へと直接誘導を行う方法。一方、iPS細胞は、体細胞から、多能性幹細胞を得る方法であり、iPS細胞から心筋細胞を作製する手法とは異なる。

※3 脂肪組織由来間葉系前駆細胞(Adipose-derived regenerative cells; ADRCs);
皮下脂肪組織内に存在することがわかっている前駆細胞。ADSC: Adipose Derived Stem Cell(脂肪由来幹細胞)とも表記され、厳密には、ADRCは脂肪吸引などにより得られた脂肪組織から得る、幹細胞に加えて間質細胞、造血系細胞など多様な細胞も含めた細胞群を指し、ADSCは細胞の数を増やす培養という工程を経て生成された幹細胞群を指す。

※4 自家移植治療
自家移植治療とは、ご自分の細胞をあらかじめ採取したあとにご自身の体に戻す移植治療のこと。対して、他人(ドナー)から移植細胞をもらう移植治療を同種移植という。

※5 RNAシークエンス解析
RNAシークエンス解析とは、生体細胞内における遺伝子転写産物(メッセンジャーRNA)の発現状況を網羅的に把握することを目的とした解析で、次世代シーケンサーという装置を用いて遺伝子発現解析を行う方法である。次世代シーケンシングは、数千から数百万もの核酸の塩基配列を同時に高速で読み込むことができる技術であり、2000年半ばに登場して以来進歩を遂げている。現在では、本研究においても使用したシングルセルRNAシーケンシングという一つの細胞が発現するメッセンジャーRNAの種類や量の解析についても、次世代シーケンサーを使用することで可能となっている。

※6 幹細胞・前駆細胞
幹細胞は、自己分裂する能力と別の種類の細胞に分化する能力を有する細胞を指す。一方、前駆細胞は、幹細胞から発生し、最終分化細胞へと分化することのできる細胞を指す。前駆細胞を幹細胞と最終分化細胞の中間に位置する細胞と捉えることができる。

※7 GFP(緑色蛍光タンパク質)
青色の光を吸収して緑色の蛍光を発するタンパク質でオワンクラゲから発見された。遺伝子工学を利用し、注目する遺伝子にGFP遺伝子をつなげてGFP標識タンパク質を発現させることができ、生命科学研究において広く利用されている。

5.参考文献
[1] Katagiri T, Kondo K, Shibata R, Hayashida R, Shintani S, Yamaguchi S, Shimizu Y, Unno K, Kikuchi R, Kodama A, Takanari K, Kamei Y, Komori K, Murohara T. Therapeutic angiogenesis using autologous adipose-derived regenerative cells in patients with critical limb ischaemia in Japan: a clinical pilot study. Sci Rep-uk. 2020;10:16045.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-73096-y

[2] Suzuki J, Shimizu Y, Tsuzuki K, Pu Z, Narita S, Yamaguchi S, Katagiri T, Iwata E, Masutomi T, Fujikawa Y, Shibata R, Murohara T. No influence on tumor growth by intramuscular injection of adipose-derived regenerative cells: safety evaluation of therapeutic angiogenesis with cell therapy. Am J Physiol-heart C. 2021;320:H447-H457.
https://doi.org/10.1152/ajpheart.00564.2020

[3] Kondo K, Shintani S, Shibata R, Murakami H, Murakami R, Imaizumi M, Kitagawa Y, Murohara T. Implantation of Adipose-Derived Regenerative Cells Enhances Ischemia-Induced Angiogenesis. Arteriosclerosis Thrombosis Vasc Biology. 2009;29:61-66.
https://doi.org/10.1161/atvbaha.108.166496

[4] Ishii M, Shibata R, Shimizu Y, Yamamoto T, Kondo K, Inoue Y, Ouchi N, Tanigawa T, Kanemura N, Ito A, Honda H, Murohara T. Multilayered adipose-derived regenerative cell sheets created by a novel magnetite tissue engineering method for myocardial infarction. Int J Cardiol. 2014;175:545-553.
https://doi.org/10.1016/j.ijcard.2014.06.034

6.発表雑誌

掲雑誌名:iScience
論文名:Direct reprogramming of adult adipose-derived regenerative cells toward cardiomyocytes using six transcriptional factors

著者:
Shingo Narita M.D.1, Kazumasa Unno M.D., Ph.D.1, Katsuhiro Kato M.D., Ph.D.1, Yusuke Okuno M.D., Ph.D.2, Yoshitaka Sato M.D., Ph.D.3, 4, Yusuke Tsumura M.D.5, Yusuke Fujikawa M.D.1, Yuuki Shimizu M.D., Ph.D.1, Ryo Hayashida M.D., Ph.D.1, Kazuhisa Kondo M.D., Ph.D.1, Rei Shibata M.D., Ph.D.6, Toyoaki Murohara M.D., Ph.D.1

所属:
1 Department of Cardiology, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan;
2 Department of Virology, Nagoya City University Graduate School of Medical Sciences, Nagoya 467-8601, Japan;
3 Department of Virology, Nagoya University Graduate school of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan;
4 PRESTO, Japan Science and Technology Agency (JST), Kawaguchi 332-0012, Japan;
5 Department of Pediatrics, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan;
6 Department of Advanced Cardiovascular Therapeutics, Nagoya University Graduate School of Medicine, Nagoya 466-8550, Japan.
DOI:10.1016/j.isci.2022.104651

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