医学部・学会情報

六つの転写因子を用いた成体脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRC)の心筋細胞への直接リプログラミング法の開発 新たな心筋再生療法開発への期待

 名古屋大学医学部附属病院 循環器内科(現 救急科)の成田伸伍 病院助教、名古屋大学大学院医学系研究科 循環器内科学の海野一雅 助教(現 日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院 第一循環器内科部長)、循環器内科学の室原豊明 教授らの研究グループは、同大学医学系研究科ウイルス学の佐藤好隆 准教授、および名古屋市立大学医薬学総合研究院大学院医学研究科ウイルス学分野の奥野友介 教授との共同研究により、成体の脂肪組織由来の間葉系前駆細胞(ADRC)に対して、六つの特定の転写因子※1(Baf60c, Gata4, Gata6, Klf15, Mef2a, Myocd)の導入を行うことで心筋細胞へと分化誘導をはかる新たな直接リプログラミング※2法(direct reprogramming)を開発しました。

 脂肪には、多分化能を有する脂肪組織由来間葉系前駆細胞(ADRCs:万能細胞)※3が含まれることが明らかとされています。この脂肪由来の万能細胞は、再生医療の供給源として注目を浴び、さまざまな再生医療分野で臨床応用が検討されています。今回、本研究グループは、ADRCを六つの特定の転写因子で誘導することにより、心筋細胞に非常に類似した細胞を作成することに成功しました。このADRCから作成した細胞を、マウス心筋梗塞モデルに移植したところ、心臓の機能の改善を認めました。心血管疾患は世界的に主要な死因です。日本では、心疾患は第二位の死亡原因であり、さらなる治療開発が望まれています。本結果は新たな心臓再生治療としての可能性を示しています。

 本研究結果は米国科学誌て゛ある「iScience」 (2022年7月15日付の電子版)に掲載されました。

問い合わせ先
<研究内容> 
名古屋大学医学部附属病院 救急科
病院助教 成田 伸伍
FAX:052-744-2210
E-mail:m42030030@med.nagoya-u.ac.jp

名古屋市立大学 医薬学総合研究院大学院医学研究科
ウイルス学分野
教授 奥野 友介
FAX:052-853-8192
E-mail:yusukeo@med.nagoya-cu.ac.jp

<報道対応>
名古屋大学医学部・医学系研究科
総務課総務係
TEL:052-744-2804 FAX:052-744-2785
E-mail:iga-sous@adm.nagoya-u.ac.jp

名古屋市立大学 
病院管理部経営課経営係
TEL:052-858-7113 FAX:052-858-7537
E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp

ポイント

 ○ 脂肪組織由来間葉系前駆細胞(Adipose-derived regenerative cells; ADRCs)は、皮下脂肪組織内に存在することがわかっている前駆細胞・再生細胞であり、心筋再生治療の一つとして研究が進められている骨髄由来の幹細胞と同様の特徴を持つとされています。ADRCは、心血管病に対する新しい再生細胞治療の供給源として有望視されています。

 ○ これまでに本研究チームは、血管病である重症虚血肢の患者に対して、ADRCの自家移植治療※4が安全かつ有効であり、血管新生の促進と組織の炎症を抑制することで、損傷した組織を修復できるという臨床結果を報告しています。(参考文献[1])

 〇 今回同研究チームは、ADRCに対して目的の遺伝子を導入し細胞の性質を変えるダイレクトリプログラミングという手法に着目しました。ダイレクトリプログラミングを行ったADRCは、心筋細胞に類似した性質を獲得することがわかり、心疾患モデル動物に移植することで心筋再生効果を認めることがわかりました。

 〇 目的の遺伝子とは、独自に選別されたBaf60c, Gata4, Gata6, Klf15, Mef2a, Myocdの六つの転写因子になります。ダイレクトリプログラミングを行ったADRCの特徴は、RNAシークエンス解析※5という網羅的な遺伝子の解析により、心筋細胞の特徴に近づいていることが明らかとなっています。

 〇 幹細胞・前駆細胞※6の中でも、ADRCは比較的容易に採取でき、腫瘍形成能も低く、安全性や倫理的な問題も少ないと考えられています。(参考文献[2])本研究チームは、ADRCの直接リプログラミングを心筋再生治療の新たな選択肢として研究を続けています。

1.    背景

 世界保健機関(WHO)が行った統計によると、2000年~2019年の20年間の世界の死因の中で、1位は「虚血性心疾患」という結果であり、死亡者はこの20年で200万人以上増加して、2019年には890万人に達したとされています。心血管病は、予防法から治療法まで日々進歩を遂げている一方で、多くの患者がこの病気に悩まれていることが現状となっています。この問題に対して、本研究チームは幹細胞・前駆細胞を用いた心血管病の再生治療の研究をこれまで行ってきました。脂肪組織は、心筋再生を含む再生医療において魅力的な細胞供給源であると考えられており、脂肪組織由来前駆細胞が心血管病の再生治療において有力な細胞群であることをこれまでに示してきました。同チームは、マウスモデルにおける下肢虚血に対してADRCを移植すると、ケモカインの一つでstromal cell-derived factor 1 (SDF-1)というタンパク質が移植したADRCより分泌されることで、その周囲の血管新生を促進し、虚血肢の回復を促すことを報告しています(参考文献[3])。心筋再生について同研究チームは、マウスの心筋梗塞モデルを用いて、梗塞巣に移植されたADRCから血管新生促進因子である血管内皮増殖因子(VEGF)や塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)が分泌され、血管新生の促進、心筋梗塞サイズの縮小、線維化の抑制、生存率や心機能の向上といった結果が得られていることを報告しています(参考文献[4])。臨床研究において同研究チームは、自家移植したADRCが重症虚血肢の患者に安全で有効であり、血管新生を促進し、組織の炎症を抑制することで損傷した組織を修復できたという臨床結果を報告しています(参考文献[1])。これら背景を踏まえ、本研究ではADRCに対して新たに直接リプログラミング法という手法を用いる研究を行いました。

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