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黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害する化合物「JBD1」を発見-東京慈恵会医科大学・東京大学 ~難治性バイオフィルム感染症に対する新たな制御技術の開発に期待~

 東京慈恵会医科大学 細菌学講座(主任教授 金城 雄樹)の奥田 賢一 講師らの研究グループは、東京大学大学院薬学系研究科附属創薬機構 副機構長の小島 宏建 特任教授らと共同で、病原細菌である黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害する新規化合物JBD1を発見し、この作用メカニズムを明らかにしました。

本発表成果のポイント

①    難治性感染症の原因となる黄色ブドウ球菌(注1)のバイオフィルム形成を阻害する化合物JBD1を発見しました。
②    JBD1は黄色ブドウ球菌の細胞呼吸(注2)を活性化することでバイオフィルム形成阻害や抗菌薬感性化の効果を発揮することを明らかにしました。
③    JBD1は黄色ブドウ球菌の代謝リモデリング(注3)を誘導することを明らかにしました。
④    難治性のバイオフィルム感染症に対する新たな治療薬・予防薬の開発やバイオフィルムが形成されにくい新規医療用素材の開発につながると期待されます。

研究の概要

 黄色ブドウ球菌はヒトの皮膚や鼻腔(びくう)に常在する細菌ですが、ときに敗血症や創部感染などの重篤な感染症の原因菌となります。本菌は物質表面でバイオフィルムと呼ばれる集合体を形成することが知られており、カテーテル、ペースメーカー、人工関節等の医療用デバイス表面において本菌がバイオフィルムを形成することで引き起こされるバイオフィルム感染症が臨床で大きな問題となっています。バイオフィルムを形成した菌は高い薬剤抵抗性を示すため、抗菌薬による治療が困難になります。バイオフィルム感染症は患者へ多大な負担を与えるだけでなく、治療期間の延長や医療費の増加にもつながる問題であり、根本的な治療法・予防法の開発が急務です。

 本研究では、黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害する化合物のスクリーニングを行い、新規バイオフィルム阻害剤JBD1を発見しました。また、JBD1の作用メカニズムを詳細に解析し、黄色ブドウ球菌の細胞呼吸を活性化することでバイオフィルム形成を阻害することを明らかにしました。加えて、JBD1には黄色ブドウ球菌に対する抗菌薬の効果を向上させる効果があることを見いだしました。これらの研究成果は、難治性のバイオフィルム感染症に対する新たな治療薬・予防薬の開発や、バイオフィルムが形成されにくい新規医療用素材の開発につながるものと期待されます。

研究背景

 黄色ブドウ球菌は物質表面においてバイオフィルムと呼ばれる集合体を形成することが知られています。バイオフィルムはその名の通り膜(フィルム)状の構造をした微生物の集合体です。微生物の細胞は菌体外マトリクス(注4)と呼ばれる成分によって覆われ、菌体外マトリクスがのりのような役割を果たすことで物質表面に付着しています。バイオフィルム形成に起因する感染症はバイオフィルム感染症と呼ばれ、外科、内科、整形外科、泌尿器科など広範囲の診療科で問題となっています。カテーテル、ペースメーカー、人工関節などの医療用デバイスの表面でバイオフィルムが形成されると、局所における細菌感染はもとより、全身性の感染症へと進行する危険性があります。またバイオフィルムを形成した菌は高い薬剤抵抗性を示すため、抗菌薬による治療が難しく、多くの場合では感染源となっている医療用デバイスを除去しなくてはなりません。バイオフィルム感染症は患者さんに多大な負担を与えるだけでなく、治療期間の延長や医療費の増大にもつながる問題であるため、根本的な治療法・予防法の開発が強く求められています。

研究成果

 私たちはバイオフィルム感染症を制御するための技術開発を目指して、バイオフィルム形成における分子メカニズムの研究(引用1)や、バイオフィルム形成阻害剤のスクリーニング(引用2)を行ってきました。今回の研究で私たちは、東京大学創薬機構の化合物ライブラリーを用いて黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害する化合物のスクリーニングを行い、強力なバイオフィルム阻害活性を示す化合物JBD1を取得しました(図1)。構造活性相関研究の結果、JBD1の構造内にあるメチル基を欠いた類縁体(ANG1)では活性が消失することが示され、JBD1がバイオフィルム形成阻害活性を発揮する上で重要な化学構造を明らかにすることができました。 また、JBD1が黄色ブドウ球菌の抗菌薬感受性にどのような影響を与えるかを調べたところ、JBD1を併用することでアミノグリコシド系抗菌薬(注5)への感受性が向上することが示されました。JBD1の作用メカニズムを詳細に解析した結果、JBD1は黄色ブドウ球菌の細胞呼吸を活性化する作用があることが明らかになりました。細胞呼吸の活性化が起こらないようにした条件下では、JBD1のバイオフィルム形成阻害や抗菌薬感性化の効果が消失したことから、呼吸活性化はJBD1が効果を発揮するための引き金になっていることが示されました(図2)。さらに、JBD1が黄色ブドウ球菌の遺伝子発現と代謝に及ぼす影響をトランスクリプトーム解析(注6)により調べたところ、JBD1存在下においてアミノ酸の合成や輸送に関連する遺伝子の発現低下していることが示され、メタボローム解析(注7)によって細胞内のアミノ酸構成パターンに大きな変化が起こることを確認しました。この結果から私たちは、JBD1が黄色ブドウ球菌の代謝リモデリングを誘導すると結論付けました。今回得られた知見は、黄色ブドウ球菌のバイオフィルムによる難治性感染症に対する治療薬開発を行う上での手がかりとなる可能性があります。

今後の展望

 本研究ではバイオフィルム形成阻害剤JBD1を同定し、JBD1が黄色ブドウ球菌の細胞呼吸を活性化させることによりバイオフィルム形成阻害効果を発揮することを明らかにしました。一方、JBD1の標的分子や呼吸活性化がバイオフィルム形成阻害につながるメカニズムの詳細についてはまだよく分かっていません。今後はこれらを明らかにすることで、バイオフィルム感染症を制御する新たな技術の開発につなげたいと考えています。

図1 バイオフィルム形成阻害活性JBD1
A: JBD1の化学構造
 JBD1と構造類縁体であるANG1の化学構造を示しています。ANG1はJBD1に存在するメチル基を一つ欠いています。
B: バイオフィルム形成阻害活性
 ポリスチレン表面に形成させた黄色ブドウ球菌のバイオフィルムを紫色の色素で染色した画像を示しています。JBD1存在下では濃度に依存してバイオフィルム形成が阻害されていますが、構造類縁体であるANG1には阻害活性が認められません。
C: バイオフィルムの立体構造
黄色ブドウ球菌のバイオフィルムの立体構造を示しています。生細胞は緑色で死細胞は赤色で染色しています。JBD1が存在しない条件下ではおよそ50μmの厚みがあるバイオフィルムが形成されますが、JBD1存在下ではバイオフィルムがほとんど形成されていません。

図2 JBD1によるバイオフィルム形成阻害モデル

 黄色ブドウ球菌の細胞呼吸では、最終的に細胞膜上の呼吸鎖(注8)のはたらきにより細胞の内側から外側にプロトン(H+)が輸送されます。JBD1はこの過程を活性化することで、バイオフィルム形成阻害や代謝リモデリングを誘導することが明らかになりました。さらに、JBD1存在下では、細胞膜内外のプロトン濃度勾配依存的に細胞内に取り込まれて作用を発揮するアミノグリコシド系の抗菌薬に対する感受性が向上することが示されました。

用語解説

注1)黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌はヒトの皮膚や鼻腔に常在する細菌ですが、ときに敗血症や創部感染などの重篤な感染症の原因菌となります。院内感染の主要な原因菌であるほか、多くの抗菌薬に対して耐性を示すメチシリン耐性黄色ブドウ球菌のまん延が世界的問題となっています。

注2)細胞呼吸
細胞がグルコースなどの栄養素からエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を合成するための一連の反応を指します。この過程で栄養素は二酸化炭素と水にまで分解されます。

注3)代謝リモデリング
代謝は細胞が栄養素を分解してエネルギーを獲得し、エネルギーを利用して物質を合成する一連の過程です。本研究では代謝プロファイルの大きな変換を代謝リモデリングと呼んでいます。

注4)菌体外マトリクス
バイオフィルム内において細胞を覆い、細胞を物質表面に付着させるのりのような役割を果たす成分です。タンパク質・多糖・核酸など多様な分子が菌体外マトリクスとして機能することが知られています。

注5)アミノグリコシド系抗菌薬
構造内にアミノ糖を含む抗菌薬の総称であり、ゲンタマイシン、カナマイシン、ストレプトマイシンなどが代表的です。細菌の細胞内には、細胞膜内外のプロトン濃度勾配に依存的に取り込まれます。

注6)トランスクリプトーム解析
細胞内における遺伝子発現の状況を網羅的に調べる手法です。本研究では化合物の存在・非存在下での遺伝子発現を比較することで、化合物が遺伝子発現にどのような影響を与えているかを調べました。

注7)メタボローム解析
糖・有機酸・アミノ酸などの代謝産物(メタボライト)の種類や濃度を網羅的に分析する手法です。本研究では化合物の存在・非存在下で培養した菌体から代謝関連物質を抽出してメタボローム解析を行い、各条件下で代謝のプロファイルにどのような違いがあるかを調べました。

注8)呼吸鎖
細胞呼吸においてNADHなどの電子供与体から酸素などの電子受容体に電子を受け渡す一連の反応系であり、電子伝達系とも呼ばれます。これにより、ATP合成に必要なプロトン濃度勾配が形成されます。

付記

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(C)(19K07546)、AMED 橋渡し研究戦略的推進プログラム(慶応義塾大学拠点)シーズA(JP20lm0203004)、東京慈恵会医科大学研究奨励費、武田科学振興財団、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業、創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業などの支援を受けて行われました。

論文情報
論文名: Small-molecule-induced activation of cellular respiration inhibits biofilm formation and triggers metabolic remodeling in Staphylococcus aureus
(低分子化合物による細胞呼吸の活性化は黄色ブドウ球菌のバイオフィルム形成を阻害し代謝リモデリングを誘導する)
雑誌名: mBio
著者: Ken-ichi Okuda, Satomi Yamada-Ueno, Yutaka Yoshii, Tetsuo Nagano, Takayoshi Okabe, Hirotatsu Kojima, Yoshimitsu Mizunoe, Yuki Kinjo
DOI: 10.1128/mbio.00845-22

引用文献
1.    Lopes AA, Yoshii Y, Yamada S, Nagakura M, Kinjo Y, Mizunoe Y, Okuda K. Roles of lytic transglycosylases in biofilm formation and β-lactam resistance in methicillin-resistant Staphylococcus aureus. Antimicrobial Agents and Chemotherapy, 63, e01277-19 (2019)
2.    Yoshii Y, Okuda K, Yamada S, Nagakura M, Sugimoto S, Nagano T, Okabe T, Kojima H, Iwamoto T, Kuwano K, Mizunoe Y. Norgestimate inhibits staphylococcal biofilm formation and resensitizes methicillin-resistant Staphylococcus aureus to β-lactam antibiotics. npj Biofilms and Microbiomes, 3:18 (2017)


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