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「出自知る権利不明確」「母親のケアも大事」
~内密出産めぐる日弁連シンポジウムで識者ら議論~ 法整備求める意見相次ぐ

 ◇病院の負担に懸念

 国の動きが鈍い現状では、出産などにかかる金銭的な負担が病院に押し付けられている問題があるという意見は多い。

 赤尾氏は「指針で内密出産というものが非常に広く周知されてしまったので、見切り発車というか、ここに飛びつくような形になってしまうのではという懸念がある。『日本でも制度ができた』というようなセンセーショナルな見方をすると、現時点では、妊娠した女性がお金を払わなくてもよく、戸籍にも子どもの名前が載らない唯一の方法が内密出産になってしまうので、『そんなにいい話があるのか』ということで、多くの人が慈恵病院に行ってしまって、病院が疲弊し、経営破綻してしまうのではないかという懸念がある」と指摘。

 その上で「指針では金銭負担については触れられていない。これをたまたま善意でやった医療機関が苦しむことのないように、分娩費用などは国が負担してもいいのではないか。今後具体的に制度が進むのであれば、経済的負担についてもっと具体的に盛り込むなど支援を拡充することが必要だ」と述べた。

橘高氏

橘高氏

 橘高弁護士は「指針は非常に抽象的で、具体的に誰が何をするのかがまだ全く分からない。個人情報の問題が関わってくると思うが、『自分の母親が誰であるのか』、ということは、『自分(子ども)の個人情報』なのか『母親の個人情報』なのかという問題がある。母親が子どもを産んだ、というのは母親の情報だろう。自分が誰から生まれたかは子どもの個人情報ではないのか。その辺は非常に難しい問題なのに、そういうことを病院に判断してもらうというのは無理を強いることにならないか疑問を感じている。もうちょっと踏み込んだ法整備が必要だ」と指摘した。

 ◇指針は病院任せの危険な形―国宗弁護士

 指針について国宗弁護士は「これまで、熊本市、慈恵病院が『こういうふうにやりたいが(医師法、戸籍法などの点で)違法になるのではないか』と厚労省や法務省に問い合わせてきた事項について、『必ずしも違法にならないと考えられるので、疑問になっていた部分についてやっても構わない』という形で政府見解を出したということだと思う」と述べた。

 また、問題点として「子どもが出自を知る権利をどう確保するかという重要な問題につながる(母親の身元などの)情報の管理を病院などに任せてしまっている。危険な形だ」と強調。その上で、「なぜ、病院にそういうことをしてと言えるのか理解できない。妊娠して困っている母親が訪ねてきたら、その健康を守ったり、診療することは病院の仕事だと思うが、子どもの出自に関する権利について資料を集め、保管し、開示まで。なぜ病院がそこまでの義務を負わされるのか」と訴えた。

 さらに「もう少し、法律を制定するという方向に動くような形での指針であればよかったと思う。本気で国会で議論して、指針の範囲だけははっきり法制化してもらって、子どもの権利が法的に保障される状況を早急につくってほしい。この指針では肩透かしだ」と述べた。

 ◇議論を縮減しないで─床谷教授

 床谷教授も「今回の指針は、基本的には熊本市や慈恵病院の問い合わせに対して、これまで厚労省や法務省が対応してきたものについて、まとめて説明をしたという形になっている」と述べた。

床谷氏

床谷氏

 その上で、「これまでは当事者の中のみのやりとりで、外にはそれほど情報が漏れていなかった内容が一般的に知られて、広く議論をする場ができたという点は、功罪の功の部分だと思う。また、指針の中では16歳になると子どもが出自の問い合わせをすることができるのがドイツ法だということがガイダンス的に書かれている。医療機関が取り扱いを決める時に参考になるという発想があるのだろうと思うので、これも一つの道筋だ」と指針の公表について一定の評価をした。

 その上で「出産の場面だけを定義付けるのではなく、妊娠から出産、さらにその後を含めたものが視野に入らなければ支援制度としては成り立たないと思う。そこまで含めて議論をすべきだということを、制度づくりの役割を担うしかるべき人たちの中からもっと積極的に声を上げていただかないとだめだ」と指摘。「内密出産では問題点や議論はたくさんあるが、この問題は生まれた時の取り扱いや戸籍の作り方などに議論を縮減しないで、もっと幅広く考えてほしい」と述べた。

 指針は、内密出産にからんで取り扱われる医療記録や、母親が封印して残した情報の保存については「永年」を打ち出している。

 床谷教授はこの点に関し、「記録の長期間保存が今、問題になっているが、現状では保管を任された側(病院)が永年存在する組織とは限らない。永年存続する組織は国だ。永年保存をいうのであれば、それをするに足りる組織としての責任を国が取るべきだろう」と指摘した。

 また、床谷教授はシンポジウム後の時事通信の取材に「病院の負担は大きいが、国が内密出産を正面から認めない以上、公的な財政支援は難しいのが現状だ。寄付やクラウドファンディングによる支援も考えられるが、寄付文化のある欧米に比べ日本では規模は限定的。慈恵病院も現在の件数であれば何とかやれるとは思うが、さらに増えてきた場合には支え切れないだろう。やはり公的支援なしでは成り立たないのではないか。また、『こうのとりのゆりかご』と同様、外からは見えないもので、検証が欠かせないだろう」などと話した。


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