教えて!けいゆう先生

虫垂と盲腸は全く違う臓器
間違って呼ばれている病気の正体 外科医・山本健人

 皆さんは、「盲腸」というと、何を想像するでしょうか?

 おなかの右下が痛くなる腸の病気、そう考える方が多いのではないでしょうか?

 もしそう考えたなら間違いです。

 この国には、昔から不思議な誤解があります。

 「盲腸は病気の名前」

 「盲腸は虫垂の別名」

 「虫垂は盲腸の一部」

 これらはすべて誤りです。

 どういう意味か、分かりやすく説明しましょう。

正しい病名は虫垂炎だ

正しい病名は虫垂炎だ

 ◇盲腸は部位の名前

 奇妙なことに、「虫垂炎」という病気は昔から間違って「盲腸」と呼ばれています。

 正しくは、「盲腸」は大腸の一部で、病気の名前ではありません。

 大腸は1.5〜2メートルほどある長い管で、それぞれの部分に名前が付いています。まるで、広い土地を区画分けして町の名前を付けているようなものです。

 その一つが盲腸で、他にも上行結腸、横行結腸、下行結腸などと名前が付いています。

 虫垂は、盲腸にぶら下がるように存在する、細長い管です。

 大腸に比べるとはるかに細く、小指1本も入りません。

 細長い上に先が行き止まりで、便が詰まるなどして腸内細菌が繁殖しやすい構造になっています。この細い管に炎症が起きた病気が「虫垂炎」です。虫垂に炎症が起きる病気ですから、そのままですね。

 虫垂は盲腸とは全く別の臓器なので、「盲腸の別名」でもなければ、「盲腸の一部」でもありません。「距離が近いだけ」なのです。

 ◇「盲腸」が混乱の原因に

 虫垂炎のことを誤って「盲腸」と呼ぶ習慣のために、「昔、盲腸の手術を受けた」と思っている高齢の患者さんに出会うことがしばしばあります。

 問題は、この患者さんの盲腸に、がんなどの病気ができた時です。

 ご本人は、「昔に盲腸は切った」と思っています。一方、実際に切られたのは虫垂で、盲腸はもちろん残っています。

 「盲腸はないはずなのに、なぜこんなことに? 自分が昔受けた手術は一体何?」

 という混乱が生じてしまうのです。

 ◇きちんと区別しなければならない理由

 余談ですが、盲腸と虫垂をきちんと区別しなければならない理由は、他にもあります。

 虫垂はかなり特殊な臓器で、できる病気の性質が、他の大腸と全く違います。

 例えば、虫垂がん(虫垂の悪性腫瘍)のステージの分け方は、大腸がんとは異なります。

 前述の通り大腸は1.5〜2メートルあり、どこにがんができても同じルールでステージ分類を行いますが、虫垂だけは違うルールです。全く違う病気として扱うべきであるほど、病気のタイプが異なるためです。

 また、虫垂には「粘液産生腫瘍」と呼ばれる、かなり特殊な腫瘍が発生することがあります。これが破裂して粘液が漏れ出すと、おなかの中に粘液腫瘍が広がって腸閉塞を起こしたり、腸に穴が開いたりするなど重症化すると、治療がかなり難しくなります。

 虫垂は、他の大腸とはずいぶん異質なのです。(了)


 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、累計1200万PV超を記録。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)はシリーズ累計23万部。「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「患者の心得」(時事通信)ほか著書多数。

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