「心の時間」とは何か
研究進む人の時間認知
人は時計を見なくても何分経過したかを感じることができる。この認知機能の仕組みは、いまだに分かっていないことが多い。神経科学の分野で人の時間認知の研究を行っている昭和大学病院付属東病院(東京都品川区)の河村満院長(取材時、現客員教授)に聞いた。
◇時間の意識のずれ
時計を見て「え、もうこんな時間?」と驚いた経験は誰にでもあるだろう。特に楽しいと感じていると、人は時間の経過を短く見積もる傾向がある。これが時間に対する意識、「心の時間」だ。
実際の時間と時間感覚は大抵の場合、大きく狂うことはない。しかし、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症などの病気を患うと、時間の意識が実際の時間と大きくずれてしまうことがある。
「ある70代後半の患者さんは『自分は18歳』と話し、女学生になりきっていました。ところが、カレンダーを見てもらうと、一瞬で数十年の時間が経過し、実年齢と合致した会話を始めました」と河村院長。
これは、病気によって脳の前頭葉や側頭葉と呼ばれる部分が障害を受け、自分の年齢の意識が現実と大きく異なってしまった例だ。脳が障害を受けると時間感覚が無くなり、「今が何時なのか」も分からなくなることも多い。「未来の予測もできなくなるので、旅行の計画なども立てられません」と河村院長は話す。
◇将来は治療に応用も
光は目、音は耳など、人は特定の刺激の感覚器官が決まっているが、時間の認知は分かりにくい。そのため、脳科学としての研究はあまり進んでいなかったが、時間認知の仕組みの解明は、将来的にはアルツハイマー型認知症やうつ病などの治療に役立つ可能性がある。
河村院長の研究グループは現在、パーキンソン病患者の時間処理を中心に研究を進めている。脳内のドーパミンが不足することで発症するパーキンソン病は、ドーパミンを補う薬で運動症状が改善することが知られているが、「同様に時間認知の改善にも役立っている可能性がある」という。
また、時間認知の解明と並行し、「カレンダーを見て本当の年齢と自分の意識が合致した患者の例のように、自分の時間と実際の時間の合致を繰り返し行う研究を進めることで、診断や治療法の開発も期待できる」という。
時間の意識は、日常生活を送る上で必要不可欠なものだ。脳科学における時間の研究はまだ始まったばかりで、実際の治療につなげるまでには時間が必要だが、研究の進展に注目したい。(メディカルトリビューン=時事)(記事の内容、医師の所属、肩書などは取材当時のものです)
(2018/02/16 10:00)