一流に学ぶ 角膜治療の第一人者―坪田一男氏

(第2回)自分で師匠を選ぶ=眼科の道へ進む

 医学部進学を決めたのは高校3年生になってからだった。1973年、ちょうど第1次オイルショックが始まった時期だ。

 ◇父の言葉で志望変更

 父はガラス店の経営だけでは飽き足らなかった。ガラス戸だけを売るよりも家そのものを販売した方が利益になる。そう考え、建設会社を立ち上げるなど次々とビジネスを拡大していったが、先行きは不透明になり始めていた。

 そんなある日、父から「一男、うちの会社はこれ以上うまくいかないから、他の仕事を探しなさい。手に職を持たないと、この先大変だぞ」と切り出された。

 坪田ガラス店を継ぐために経済学部に進学するつもりだったが、急きょ、医学部に志望を変更した。

 「とにかく、世界中を飛び回りたかった。医者だったら世界で通用すると思った」というが、慶応高から慶応大医学部に内部進学するためには一定以上の成績を取っておく必要がある。遊んでしまった坪田氏は当然、推薦してもらえない。仕方なく、外部受験することにした。

 「予備校に行こうと思いましたが、3年生のクラスはもう締め切っていて夜間部しか空いない。何年も浪人しているような人たちですごく混んでいました。でも、1カ月もたたないうちにクラスのほとんどの人が来なくなり、机も広々と使えて勉強し放題。先生とも仲良くなれて、かえって良い環境で勉強できました」

 4月からスタートして2月には受験となると、もう10カ月しかない。「最初の頃はエンジンが掛からなくて、自分では6カ月くらいしか勉強した覚えがない」というが、見事、現役合格を果たした。

 坪田氏は自身について生まれつき頭が良いからという訳ではなく、「グリット」が強かったからだと分析する。グリットとは、何か目的を達成するために、継続的に粘り強く努力して最後までやり遂げる力のこと。グリットを持つ人間は、失敗を恐れず挑戦し、失敗から学んだことを次に生かすことができる。

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